2020年6月10日号。<中大生救う会、かく戦えり:倉山満>

<中大生救う会、かく戦えり:倉山満>

 おはようございます。ヨロンです。

 昨夜、高知で震度4の地震がありました。
<気象庁による地震の発震機構解(速報値)によると、今回の地震は東北東ー西南西方向に圧力軸を持つ逆断層型とみられ、陸側プレートの内部で発生したものと考えられます。>(ウェザーニュース)
 ということで、土佐湾の比較的浅いところで、南海トラフとは異なるようですが注意はしていたほうが良さそうです。


 昨日お知らせした「救国オンラインストア」は、多くの方に購入していただいたようで、暖かいコメントもいただき、森本さんから感謝の連絡が届きました。2,000円以上購入の希望者にプレゼントするという勝谷誠彦缶バッチは、私は「恥ずかしい写真」と書いてしまいましたが、Facebookに公開された写真からカッコいいのを選ぶようです。
https://kyukoku.theshop.jp/


 <河井案里議員公設秘書に懲役1年6カ月求刑><マイナンバー紐づけは「一生ものの1口座」 高市総務相><コロナ、非正規解雇5千人に迫る>など、いろいろと気になるニュースもあるので、おいおい取り上げていきます。


 昨日は自宅での作業でした。テレビをつけてみると、偶然横田早紀江さん、拓也さん、哲也さんの記者会見が行われていました。産経新聞がアップしたライブ配信の映像です。
<「全身全霊で打ち込んだ」横田滋さん遺族会見 横田早紀江さんら家族が想いを語る>
https://www.youtube.com/watch?v=B1dvLtnnyiY
 この中で、特に哲也さんの怒りにも近い言葉は、政権や政治家、メディア、そして国民に対する強いメッセージだと受け取りました。

 今日の倉山さんのコラムも拉致問題について。兵庫県知事選のときに、倉山さんの行動力には驚かされましたが、大学のころからこんな事があったんですね。
 哲也さんのメッセージにもありました。今後政府は動くだろう、と。自分は何ができるか。今は忘れないようにすることしか思い浮かびませんが、考えていきたいと思います。

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中大生救う会、かく戦えり

 倉山満(憲政史研究者)


横田滋さんがお亡くなりになられました。
ご無念だったと思います。
心からご冥福をお祈りいたします。

横田さんは言うまでも無く、
拉致被害者横田めぐみさんの父。
奥さんの早紀江さんと二人で、
最後まで再会を心待ちにしていました・・・。
私も拉致の話は関わっていたので、
横田さんとは何度もお会いしています。

忘れもしない平成9年4月25日、
新宿京王プラザホテル1階レストラン「樹林」で、
3人の若者が集まって、
「北朝鮮に拉致された中大生を救う会」を結成しました。
要するに、蓮池薫さんを取り返す会です。
そのうちの1人が私。

なんで、こんなことになったか?

当時、「拉致議連」という国会議員の集まりがありました。
会長は、国際政治通で知られた中山正暉という代議士です。
ところが、この人が平壌に行って帰ってきて直後から、
「拉致はでっちあげだ」とか、
北朝鮮の主張をそのまま垂れ流すようになりました。
会長がこんな調子じゃ、議連が機能するはずもなく、
事実上の空中分解。

という話があったことも知らない時に、
悪友のカネゴン君から電話。
ちなみに、カネゴン君は
「嘘だらけ~」シリーズの「日英」「日仏」「日独」の
あとがきに登場します。

以下、カネゴン君と私の会話。
か「お前、横田めぐみさんって知ってる?」
く「知ってるよ。13歳の時に、北朝鮮に拉致された人でしょ?」
か「そうだよ。可哀そうだと思わないか?」
く「そら、可哀そうだろ」
か「何もしない日本政府、ひどいと思わないか?」
く「そら、ひどいだろ」
か「だよなあ~。
ところで拉致された中大生がいるって、知ってたか?」
く「いや、知らんけど」
か「実は蓮池薫さんという人がいてな。可哀そうだと思わんか?」
く「まあ、かわいそうだが・・・」
か「ということで、中大生救う会をやるしかないよな?」
く「いや、オレ院生なんだけど」
か「他に中大生の伝手もないんだわ」

ということで、「マチャアキの裏切り」とか、
署名をやったって被害者が帰ってくるわけがないとか、
どういう活動をするかとかで、
やはり現役の中大生を引き入れるしかないとの結論に一致。
こういう話に興味を持ちそうな後輩の
重城拓也君を樹林に呼び出したという訳です。
ちなみになぜ実名かと言うと、
晴れて蓮池さんが帰国した時、
ドキュメント本とか漫画とかで
「中大生救う会初代幹事」として、実名が出ているからです。

さて、その時の会話。

か&く「やあやあ、久しぶり!」
じ「おひさしぶりでございます」
 と、一通り世間話をした後、
か&く「ところでお前、横田めぐみさんって知ってる?」
じ「知ってますよ。13歳の時に、北朝鮮に拉致された人ですよね?」
か&く「そうだよ。可哀そうだと思わないか?」
じ「そら、可哀そうでしょう」
か&く「何もしない日本政府、ひどいと思わないか?」
じ「ひどいですよね~。許せませんよね~」
か&く「だよなあ~。
  ところで拉致された中大生がいるって、知ってたか?」
じ「え、そうなんですか?」
か&く「実は蓮池薫さんという人がいてな。可哀そうだと思わんか?」
じ「まあ、かわいそうですが・・・」
か&く「ということで、中大生救う会をやるしかないよな?」
じ「え、ぼく大学5年生なんですけど」
か&く「他に中大生の伝手もないんだわ」

この調子で、その場で「北朝鮮に拉致された中大生を救う会」を結成。

初代幹事の重城は、中大弁論部(辞達学会)の後輩。
当時は大学5年生、後に某自民党議員の秘書として永田町に入り込みます。
2人くらいに仕えたんじゃないかな。
ちなみに後に「2回目の4年生をやっていただけです」
と訂正していたが、よくわからん。

カネゴンは、同級生で大学は違って國學院だけど弁論部。
当時の弁論部は、大学が関係なかったので、
いっしょに卒業旅行に平気で行っていた。
ちなみに、他の二人は東大と拓大。
実にバラバラ。(笑)
当時はフリーターで、後に中大の大学院に入った。

カネゴンの引き合わせで「正論の会」に連れていかれ、
そこで蓮池薫さんのお父さんとお兄さんという人に
お会いしました。
お父さんは秀量さんといって、
お習字の先生をしていました。
ものすごい達筆で誰も読めないので、
私が読む係。
ちなみに、ここぞという時に
お父さんに直筆の手紙を書いてもらうと効果があるので、
その文案を考えるのが私でもあった。

お兄さんは今や有名人になった
透さん。
当時は東電のエンジニアでした。
物静かな方で、今からは想像もできませんが、
政治に意見がある人には思えませんでした。

お父さんと会ったのは、その1回限りです。
その1回で、お父さんとお兄さんに
「他に頼り人がいないんです」
と頭を下げられました。
マチャアキ一件とかがあったんで、
本当に藁にもすがる心境だったんですね。

同じようにあちこちに頭を下げて回って、
みんなに「お気の毒ですね」で済まされたと
後で聞かされましたが、
当時の私はそういう時に逃げるなんて考え方が
頭にありませんでした。

とはいうものの、
どこから手を付けるか?
日本の政権が変わらなければ、動くはずがない。
当時は、親中派竹下登の院政下。
親北派の野中広務が絶頂期でした。
総理大臣は、確か・・・橋本龍太郎でした。

政治を変えるどころか、
「拉致問題」という言葉すら使わせてもらえませんでした。
「拉致疑惑」と言わねばなりませんでした。
そもそも普通の人は、「拉致」を知らない。

そこで我々は戦略目的を
「拉致問題の周知徹底」に定めました。
これなら我々にもできる!
当時の中大は学生がほぼ必ず通るトンネルがありました。
そこに、蓮池さんの写真を両脇一面に
ずらーーーーーーーーーーーーーーー、と
貼りました。
暗がりの中に白黒写真なので、効果絶大。

薫さんは大学3年の時にいなくなり、
その後8年生の時までご両親が学費を払い続けて除籍されています
そこで我々は戦術目標を
「蓮池薫さんの学籍回復」
と定めました。

長期戦の構えです。
ところが、あっさりと認めてくれました。
当時の法学部長の長内了教授が
「もし帰ってきたときのことを今から考えておきます」
とあっさりと教授会に諮ってくれました。

中大生救う会、いきなりやることなくなりました。
最初は、どうせ認めてもらうのに時間がかかるだろうから、
学内で「学籍回復を認めよ講演会」でもやって
広報活動をやろうとしたら、
「学籍回復は認められることになりました報告会」
になりました。

ちなみに講師は蓮池透さんと、救う会の西岡力さん。
今じゃ信じられないけど、観客は10人!
しかもそのうち4人は、
偵察にやってきた革マル派!
革マル派が占有率4割の講演会でした。(苦笑)

中大生救う会は、いろんなところに
「ロビイング」をしていくことになります。
日弁連とか法務省とか・・・。

横田さんご夫妻と蓮池お兄さんの横で、
私らが
「これ人権問題ですよね!」
「可哀そうじゃないですか!」
とまくしたてる。

色んな議員さんの所にも行きました。

あの手この手で知恵を出しました。
横田滋さんは仕事が日銀で引っ越しが多いので、
郵便物が旧住所に行って届かないことがあります。
そこで我々が郵政省に
「もし、めぐみさんからの手紙が届いたとき、
1年以内は転送の例外としてほしい」
とかの陳情をもっていくと、
これまたあっさりOK。(笑)
当時の野田聖子大臣の英断でした。

ちなみに、こういう知恵を次から次へと考えつくのが
カネゴン。

とはいうものの、学生ができるのはこの程度。
我々は、中大生救う会を残すことで、
活動を続け、世の中が変わるのを待ちました。
幹事が卒業するたびに、後輩を据える。

歴代幹事は、自分が“拉致”されて手口を知っているので、
目星をつけた後輩を“拉致”して組織を存続させたわけです。(笑)
3代目の時が、小泉訪朝でした。

あれから約20年。
日本は何をしてきたのだろう・・・。
ならば、自分がやるしかない。

中大生救う会の合言葉は

知恵と勇気と行動力

横田さんのことで、昔を少しばかり思い出しました。

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