<一九八二年、僕はエロ本の出版社に入った。~連載を終えて~「長いあとがき・その7」:東良美季>
おはようございます。ヨロンです。
今日は九州~東北と北海道の一部で雨が降り、大雨となるところもあるそうです(「Yahoo!天気」より)
今回の大雨災害は、期間が長いのが特徴で、復興作業がなかなか進まないという問題があります。コロナの関係でボランティアが入れないとか、県をまたげないということもあり、今までとは違った困難もあると予想されます。
今のところ、関東は心配するほどではありませんが、前線の移動を考えると、決して楽観していられない状況なので、気象情報には注意を払っていきましょう。
昨日は、来週オープンする池袋のパン屋さんの撮影に行ってきました。池袋は、現在「夜の街」感染で小池都知事からやり玉に上がっていますが、駅周辺ではそれほど人出が減っているようには思えませんでした。
池袋には「ロマンス通り」(西口)と呼ばれる歓楽街があります。新宿でいうと歌舞伎町にあたるところですが、感覚的にはよりアンダーグラウンドな場所に思えます。
私は40年ほどまえに1年間大塚に住んでいたことがあり、池袋は毎日通っていました。そのころから、ロマンス通りは足を踏み入れにくい場所でした。
とはいえ、すぐ近くには立教大学があり学生が多く、ほとんど淫靡な雰囲気はありません。おしゃれな店も多い。
反対側の東口には「サンシャイン60」があります。大阪でいうと「あべのハルカス」のようなものでしょうか。このビルも40年前にはありました。「オープン一周年記念」のイベントをやっていた記憶があるので確認してみたら、開業が1978年でした。
今でこそおしゃれな繁華街ですが、昔闇市だったという話も聞いていたので調べてみると、怖い場所だったようです。
<当地は1970年まで巣鴨拘置所で、戦時中にゾルゲ事件主犯リヒャルト・ゾルゲが死刑執行されている。太平洋戦争後GHQ接収時は「巣鴨プリズン」と称され、東條英機など主な極東国際軍事裁判の戦争犯罪者が、判決後の1948年(昭和23年)12月23日に死刑執行されており、ビル直近の東池袋中央公園内に平和祈念慰霊碑が建立されている。>(ウィキペディア)
こんないわくつきの場所に、毎日通っていたのですね。それは大学にも落ちるはずだ(嘘・笑)。当時は「文芸坐」という名画座があり、洋画も邦画も300円くらいで観ることができたので、毎日昼食を摂らずに映画につぎ込んでいたことを思い出しました。
話がそれましたが、東京で毎日コロナの感染者が増えていき、その多くが“夜の街”関連ということを聞くと、こうした繁華街・歓楽街を封鎖しない限りは、完全に封じ込めるのは難しいだろうと思います。しかし、感染を広めないことが重要なので、今後も検査を進めながらクラスターを発見しては抑えるという、難しい舵取りが求められるのでしょう。
感染予防を徹底している店もありますが、中にはまったく対策をとっていない店もあり、ホストに入れ込む女性客などは「お気に入りのホストから感染されるのであれば本望」みたいに思っている馬鹿もいるようです。
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