2019年6月23日号。<横尾忠則と長岡秀星/使えないSDカードは/「ViVi」と自民党のコラボキャンペーンで見えてくる悪いやつ>

 おはようございます。ヨロンです。

 昨日は、「ほらね。ウルトラ雨男というのは本当でしょ」と何度も言うくらいの雨の降り方でした。

時系列的に書いてみます。
・上野駅公園口前での演説撮影。途中からパラパラ降り出すも、傘を差すほどでもなく終了。
・「OSMO Pocket」というアクションカメラを使って、移動の車中でドキュメンタリー風に撮影。
・谷中銀座の練り歩きを撮影。途中、突然ゲリラ豪雨が。カメラ2台以外には何も持ってきておらず、カメラを守ったら、雨宿りが間に合わず自分がびしょ濡れに。
・浅草雷門前で街頭演説。車の屋根に乗るパターン。私も乗り、候補者と雷門とスカイツリーが入るアングルで撮り続ける。このときだけ唯一雨は降らず。
・上野広小路松坂屋前で街頭演説。途中から大振りの雨。位置が悪く、道路の反対側から望遠で狙うも車の音が大きく、音声的には失敗。
・秋葉原駅前。やはり途中から大粒の雨。

 アメフルを見ればゲリラ豪雨でも予想ができるので、カッパを持って行けば良いのではないか、とか、軽い三脚を持っていけば良かったとか、いろいろ反省はあります。カメラ用レインカバーは持っていって初めて使ったのですが、あれは写真撮影用であり、映像を撮ろうとすると、雨の音がパリパリと大きく入ってしまいます。
テレビ局のように、カメラマン、撮影補助、マイクブームポールを使ったマイクでの音撮りなど、少なくとも3人くらいいればなんとかなったと思いますが、降ったりやんだりの中でカメラを2台持ちながらの手持ち撮影は、かなり困難でした。

勝谷さんは自称「プロカメラマン」で、実際に日本写真家協会に所属していたので、専門家でしたね。コンパクトデジカメで撮った最近の写真は下手くそでしたが、記者・編集者として活躍していた頃の写真は良いものがあったようです。
軽井沢にも本格的な機材がいろいろ残っていました。しかし、昔は3キロ~5キロくらいもあるかと思えるような一眼レフカメラを担いで取材にいっていたんですよね。軽いデジタル一眼レフカメラでも、5分も持っていると筋肉痛が出てくる私からは信じられません。

 昨日のトーラさんの小説で、このカメラ関係の話が出てきます。望遠レンズを使ってキレイなボケを作るというのは、篠山紀信さんが始めたんですね。知らなかった。
私は、外で撮影するときは、レンズを3つくらい持っていきます。望遠レンズと標準ズームレンズ、そして単焦点レンズです。状況によってこれを付け替えるのですが、動画なので調整が難しいのです。シネマライクの映像を撮ろうと思っても、対象が動くのとロケハンをやらないので、当日現場に行ってから数分で場所とアングルを決めるという、アクロバティック的なことをやります。
テレビのようなクルーでの撮影を羨ましく思います。ブラタモリでは、よくタモリさんたちが歩いている周囲のカメラマンなどが映り込みますが、タイムキーパーやディレクターなどを入れると8~10人くらいいますよね。どんな状況であっても、失敗や撮り直しができない世界なので当然だとは思いますが、少しだけ羨ましく感じます。

■横尾忠則ともうひとりのイラストレーター
昨日は横尾忠則氏のことが書かれていましたね。最後の曲紹介はサンタナで、有名なのは1976年にリリースされた『Amigos』というアルバムジャケットです。ここで見られます。
http://www.redbullmusicacademy.jp/jp/magazine/the-album-design-of-yokoo-tadanori

 当時私は高校生。サンタナはもちろん知っていましたが、そのラテン風の音楽がどうも好みに合わず、横尾氏のジャケットもアート感が強すぎてグッと来なかったのを覚えています。しかし、世界的なミュージシャンの大ヒットしたアルバムジャケットを、日本人の画家が手がけたと言うので興奮していました。

 この頃、海外の有名ミュージシャンの作品を数多く手がけたイラストレーターがいました。
長岡秀星。
http://www.redbullmusicacademy.jp/jp/magazine/a-tribute-to-graphic-designer-shusei-nagaoka
彼は、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの古代遺跡をモチーフにしたアルバムジャケットや、私が大ファンのELOのジャケットなど、多くのアルバムジャケットを手がけました。
特に、ELOのリアルな宇宙船は、LPジャケットを飾って毎日眺めるほど興奮しました。今でも全く色あせないSFチックのグラフィックデザインは、当時の思い出とともに鮮明に脳に刻まれています。

 今はどうなんでしょうか。アルバムそのものを手に取る機会が無くなってきたこともあり、ジャケットが話題になることは無くなったようにも思えます。それほどこだわりが無くなったのか、それともダウンロードで聴く時代になって需要が無くなってしまったのか。

 最近は行かなくなってしまいましたが、赤坂見附に『真空管』というバーがあります。
http://www.barshinkukan.com/
アナログのレコードを、真空管アンプとVITABOXという巨大スピーカーで聴かせてくれます。
ここでカクテルを飲みながら音楽を聞くときにアルバムジャケットは必須です。クリストファー・クロスを聴くときには、あの緑地にフラミンゴのジャケットを見ながら。ドナルド・フェイゲンを聴くときには、モノクロのジャケットを前にして同じポーズをとってみます。
アルバムジャケットを見るだけで、音楽だけでなく当時の思い出が蘇ってくるのは、私だけではないはず。良いことばかりではなかったけれど、あのころは夢があったなあ、と、たまにノスタルジーに浸るのも悪くないでしょう。

■SDカード

 先日、SanDisk社製のSDカードが録画機材に認識されなかったことについて書いたところ、「ニコンのカメラで問題なく使えていたものが、キャノンのEOS Rで、エラー出まくり」だったというメールをいただきました。「サンディスクのSDカード規格の遵守が出来ていなかったからと言う記事」を見たそうです。

 SDカードの「SD」とは、SanDiskの頭文字を取ったものだと思っていましたが、公式には「Secure Digital」の頭文字だということです。もともとはSanDisk社がメインで関わって出来た規格なので、本来であれば、規格が合わないのはおかしいのです。

 1994年ごろに、私が「MS-1」という機器を考案し開発した話は何度か書きました。これは、フラッシュメモリーにリアルタイムで音楽を録音再生させる世界初の民生機でした。
当時はメモリが512キロバイトしか搭載できなかったので、外部メモリとしてSanDisk社製のPCMCIAカードに録音できるようにしました。製品発売時の最大容量は、確か2メガバイトで4万円くらいだったように記憶しています。今は、その12万8千倍の容量のSDカードが数千円で買えてしまいます。

 そのときに、当時まだスタートしたばかりのSanDisk社のエンジニアと、規格採用に関して相談したことがありました。新しい規格を採用するというのは、かなり難しい決断が必要です。もしかしたら、ストレージ(記憶媒体)が全く普及しないかもしれません。コストとのバランスもあります。
そのPCMSCIA規格のカードは、まあまあの普及となり、その後規格はそのままで「コンパクトフラッシュ」という小型のカードになりました。ここからSanDisk社はぐんぐん伸びていき、SDカードを発売することになったのです。

 こういった経緯があるので、個人的にはSanDisk社(現在はWesternDigital社)製のカードに対しては信頼感があります。規格の提唱と普及活動、そしてフラッシュメモリの性能向上で伸びてきた企業の製品だけに、最近のトラブルは残念でなりません。

■「ViVi」と自民党のコラボキャンペーンで見えてくるもの

 政治経済、そして時事問題について、自分なりに調べたり情報を入れて日々考えていますが、どうにも間に合わなかったり私の脳みそでは追いつかないことがあります。

 そんなときは、田中康夫さんのビデオを見ることが最近多くなてってきました。

 まずは、ご存知ない方のために、こちらを紹介しておきます。

<「ViVi」が自民党とコラボした理由は? 講談社が説明「政治的な背景や意図はまったくない」>
https://www.huffingtonpost.jp/entry/vivi_jp_5cff2981e4b0da64c5368e4b
<講談社の女性向けファッション誌「ViVi」のオンライン版が、自民党とコラボしたことが話題となっている。
「ViVi」は6月10日、公式Twitterで「みんなはどんな世の中にしたい?」と投稿。「#自民党2019」「#メッセージTシャツプレゼント」の2つのハッシュタグをつけて自分の気持ちをつけて投稿するキャンペーンを発表した。>

 日頃から安倍政権や自民党を批判している人たちは、「日頃の自民党の主張と違うだろう」「金にものを言わせて若者をたぶらかすようなキャンペーンは卑怯だ」といった批判を始めて、実際にネット上では炎上しました。

 これに対して講談社は「政治的な背景や意図はまったくない」と発表し、火に油を注いだわけですが、このキャンペーンが「政治的な背景や意図はまったくない」わけがないのは誰の眼にも明らかであり、むしろ「これこれこういう意図で」と説明するのが、多くのオピニオン誌を世に出してきた日本最大の出版社の責任であると言えるでしょう。この公式見解は、ただの逃げでしか無い。

 ところが、百田尚樹氏の「日本国記」を批判していたような作家や学者、言論者たちが、この問題に関して黙ってしまています。自民党や電通の批判はしても、講談社に対しては、社会学者の西田亮介氏が「法的に問題は無い」などとトンチンカンな講談社擁護を始め、田中さんがこれらに対して解説しながら問題を投げかけているのです。

 田中さんのいつもながらの独特な表現やシニカルな言い回しは、好き嫌いが出るところかもしれませんが、右とか左や個人的な付き合いに左右されずに、本質をズバズバ突くのは爽快でもあります。

 西田さんは、2ヶ月ほど前に私が事務所でやっている『選挙サロン』番組に出てもらって久々にいろいろと話をしました。
基本的には、社会学者として忖度しない言論を展開するのが持ち味となっているのですが、いろいろなメディアで紹介されることで、奥歯にモノが挟まったような言い方になるのを感じるようになりました。

 私も週刊現代には何度かコメントを載せてもらい、もともとは講談社現代新書で出させてもらったようなものですが、この件については講談社の釈明は「0点」だと思います。単に電通が持ってきた企画であっても、人気モデルを複数使うからには、その影響も予想されたはず。

 それが単に金の問題なのか、政治的な背景があるのか。自民党しか受けないとしたことに対しても、講談社としては説明する責任がある。しかしそれをせずに逃げているわけなので、西田さんだけでなく、日頃政権や自民党を批判している言論人は声を上げなければならない。
こんな当たり前のことができなくなっているほど、日本の言論界は廃れてしまったのか。
と、田中さんのビデオから感じるのです。しかし、田中さんは元気だなあ。

 では、良い週末を。

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