2020年9月18日号。<新連載スタート! 三耕探究(第1回)「我慢」から考える人間心理:大塚耕平>

<新連載スタート! 三耕探究(第1回)「我慢」から考える人間心理:大塚耕平>


 おはようございます。ヨロンです。

 昨夜の『新・血気酒会』は、Facebookライブの回線の調子が悪く、途中で勝手に終了してしまったので、やり直しました。異なるURLとなったため、そのまま視聴を諦めた方も多かったと思います。申し訳ありませんでした。
 同じLiveShellXをいう配信機器と同じ回線を使いながら、YouTubeは何も問題なかったのに、Facebookだけ落ちるというのは初めての経験です。これだけ長いことやってきて、トラブルにも毎回遭遇しているのに、まだ新しいことが起きるんですね。毎回勉強だと思ってやっています。

 血気酒会では、ゲストとして気象庁内にある津村書店の津村京子さんをお呼びして、65年の歴史に幕を閉じる話をお聞きしました。

 そして、菅内閣についての話題を取り上げました。
 各メディアでは緊急世論調査が行われています。私が少々関わっている毎日新聞と社会調査研究センターの調査では支持率64%で、第2次安倍内閣発足時(2012年12月)の52%を大幅に上回りました。不支持率は27%。ご祝儀にしてもかなり高い支持率となっています。

他には
日経新聞
支持率74% 不支持17%

朝日新聞
支持率65% 不支持13%

 支持する理由で多いのは「政策が期待できる」「人柄が信頼できる」「安定感がある(安倍政権を継承)」といった項目が高く、共通しているのは安倍政権では低かった女性の支持が高いということ。
 人柄に関しては、マスコミの恣意的な報道に影響されているのだとは思いますが、昨日お伝えした「菅さんには以前お世話になったけど、良い人なのよ」と言っていた女性は、実際に何度も菅さんと会って良く知っているので、実際に人柄は良いのでしょう。
 他にも、安倍内閣の良いところは継承し、嘘や誤魔化しなどはしない誠実さが期待できるということで、異例の高支持率につながったのだと考えられます。 
 自民党の支持率も、毎日新聞の調査では44%と、10日前の39%から伸ばしているので、今後の関心は「いつ解散するのか」ということになります。

 今日、早くも臨時国会が閉会となります。
 内閣や自民党の高支持率を維持しているうちに解散するのではないかという予測が主流でしたが、ここ数日、菅さんの中ではトーンダウンしているようです。
 その理由として考えられるのは、少なくとも1期は行おうという菅さんの気持ちで、来年以降も続けるのであれば、何か実績を作ってから解散し、菅政権として国民に信任されたということにしたいのでしょう。

 それでも、ここまで支持率が高いと自民党の圧勝が期待されるので、解散が得策だという意見も根強くあります。ひとつ気になるのは9月17日の首相動静。
<午前7時22分、官邸発。同25分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。同ホテル内のレストラン「ORIGAMI」で選挙プランナーの三浦博史氏と会食。>
 わざわざ官邸からザ・キャピトルホテルに移って三浦さんと朝食を摂り、約1時間話してから官邸に戻っています。

 三浦博史さんは、私も何度か会っていて一緒に選挙セミナーを行ったこともあるので良く知っています。自民党系の“勝てる”選挙を請け負う日本で最も有名な選挙プランナー。空中戦が得意で自民党の選挙にとっては欠かせない人物です。

 菅さんは、三浦さんに選挙について相談したのでしょう。そこで三浦さんは議席の読みを伝えて、最適な解散時期を進言します。それをもとに、政権の組み立て方を考えて解散時期を判断することになります。昨夜も話しましたが、解散するかどうかは、菅さんが1年後にどうしたいのか、ということが重要になります。だから、その言動から推測するしかありません。おそらく連休明けには見えてくるはず。


 今日から新連載が始まります。執筆者は参議院議員の大塚耕平さん
 『××な日々。』でも何度か紹介していますし、テレビやニュースにもしばしば登場しているので、ご存知の方も多いと思います。

 大塚耕平さんは、1959年名古屋市生まれの60歳。1983年早稲田大学政経学部卒業。日銀の金融市場調節や窓口指導などを担当し、18年間勤めて退職。その後大学の客員教授を経て2001年に参議院議員愛知選挙区で初当選。現在4期目となります。
 厚生労働副大臣を担当し、「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」では委員長や筆頭理事の就任経験もあり、最近では皇室問題やコロナ禍での外国人入国問題を積極的に取り上げ、自民党保守派以上に評価されています。

 金融の専門家の大塚耕平さんですが、実は知る人ぞ知る仏教研究家でもあります。
今までに
 「弘法さんかわら版ー弘法大師の生涯と覚王山」
 「仏教通史ー「弘法さんかわら版」講座」
 「四国霊場と般若心経」
といった書籍を出していて、このたび「愛知四国霊場の旅」という書籍を上梓されました。

 大塚さんに連載をお願いするにあたっては、当然金融関係の話を前提にしていたのですが、それもたまに書いてもらうとして、ベースを「仏教」に置いた連載をしていただくことになりました。
 政治家としての立場は外れて、研究者として書いていただきます。政治家「大塚耕平」とはまったく異なる姿を見ていただくことになります。

 仏教については、隔週月曜日に江田智昭さんに連載していただいてますが、江田さんとも異なる仏教的思考が展開されます。私も勉強するのが楽しみです。
感想等ありましたら、お寄せください。

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三耕探究(第1回)「我慢」から考える人間心理

 大塚耕平(早稲田大学客員教授・藤田医科大学客員教授)


新しく執筆陣に加わった大塚耕平です。高橋茂さんとは15年来の友人のため、お誘いいただきました。読者の皆さん、よろしくお願いします。

タイトルの「三耕探究」は僕の造語です。それなりに歳をとってきましたので、これまでの職歴と経験、人生の中から自然にひとつのフレーズが生まれました。

「学有り、論優れども、心貧すれば、任に能わず」

知識があり、弁が立っても、心が伴わなければ、結局は良い仕事はできない。そんなことを実感しての言葉です。

もちろん、知識やディベート力は必要です。精神論だけでも困ります。「任に能う」ために、「学」「論」「心」は必要条件、十分条件の関係ではなく、いずれも必要十分条件と言えます。

したがって、学を耕す「耕学」、論を耕す「耕論」、心を耕す「耕心」。この3つで「三耕」であり、それを探究するので「三耕探究」。自分の名前の漢字が被ってますが、それを意識しての造語ではありません。

僕のホームページやYouTubeでも「三耕探究」を冠にしてライブや動画などを公開しています。ご愛顧のほど、よろしくお願いします。

高橋さんと知り合う少し前から、諸般の事情により「趣味は仏教」と公言するようになり、素人仏教研究家を称して仏教関係の本も上梓しています。諸般の事情については、いずれこのコラムでも書かせていただきます。

5年前から中日新聞社主宰の中日文化センター仏教講座の講師をしており、宗派本山や寺院などに招かれて講演することも多くなりました。

どんな話をしているかと言えば、歴史も語れば、仏教論も展開しますが、所詮は素人。例えば、こんな話です。

何かにつけて思いどおりにならないこの世の中。人間にとって、悩みは尽きません。ついつい不満を言いたくなります。

いろいろ不満が出てくるのは、欲のなせる業(わざ)。何かと不安になるのも、欲のなせる業。「あれが欲しい」「これが欲しい」と思う心が「あれがない」「これがない」「あれを失うかもしれない」「これも失うかもしれない」という不満や不安の気持ちを生み出します。

欲を抑えて、何ごとも我慢、我慢。欲を抑えて、自分の気持ちを律する。そのためには我慢が一番。実はこの「我慢」。もともとは仏教用語です。

我慢の「我」は「自我」の「我」。我慢の「慢」は「慢心」の「慢」。つまり「自我の慢心」を略して「我慢」です。

我慢するというのは、自分の気持ちを律している自分自身の姿、我慢している自分自身が「善」であるというような潜在意識を伴っています。しかし、我慢そのものが「自我の慢心」から生まれているのですから、我慢の原因そのものも自分の欲から生み出されています。

嫌いな人、嫌なことに耐え、我慢している自分は可哀そう。そう考えがちですが、実は「嫌い」とか「嫌」という気持ちそのものが「自我の慢心」から生まれています。

そのことに気づくと「嫌い」「嫌」という気持ちそのものが和らぎ、そもそも我慢する必要がなくなります。何しろ「自我の慢心」がなくなるのですから。

「嫌い」なもの、「嫌」なものを無理矢理変えようとするのは「傲慢」。それを自分の気持ちを抑えて耐えるのが「我慢」。「傲慢」と「我慢」は紙一重です。

何かにこだわることなく、広く穏やかな心で人や出来事や社会を見つめ、病気や苦労も含めた全ての現実と向き合い、ありのまま受け入れること。そういう心の持ちようになると「傲慢」も「我慢」も縁遠くなります。

「傲慢」は争いを招きます。「我慢」はストレスを溜め、それに耐えられなくなると、病んだり、争いごとに発展します。

人間の執着や愚かさを戒め、少しでも平穏で争いごとの少ない社会にする。そのためには、一人ひとりが「傲慢」や「我慢」の本質に気づくことが肝要です。

難しいですねぇ。でも心に留めておきたいと思います。「自分だけ我慢している」などと考えること自体が「自我の慢心」。言わば「傲慢」というものです。

第1回にして、ある意味で究極的な「耕心」話、あるいは仏教話をしているような気もしますが、個人としての悩みのみならず、社会における争いごと、国と国の対立なども、突き詰めて考えると「我慢」のメンタリティに原因があります。

イスラエルとUAE、バーレーンが国交を結びました。トランプ政権の仲介で、イラン包囲網を構築する一環と解説されています。

イスラエルと国交関係があったのは、隣国のエジプトとヨルダンだけ。パレスチナ問題があるために、それ以外の国はイスラエルを認めていませんでした。

しかし、イラン包囲網を口実としたUAE、バーレーンとの国交樹立。今後のパレスチナ問題を巡る変化を注視したいと思いますが、パレスチナもイスラエルも、言わばどちらも自分たちこそが「我慢」しているという立場です。

他の対立も全て同じです。米中対立も、米国が「我慢」しているのか、中国が「我慢」しているのか。

日米同盟下にある日本としては、米国に軍配を上げるのが一般的認識だと思いますが、「我慢」の本質論に立って考えると、評価や結論は単純には導けません。

世界の三大宗教と言えば、キリスト教、イスラム教、仏教の3つが挙げられることが多く、しかも、だいたいこの順番で語られます。

しかし、キリスト教誕生は2000年前、イスラム教誕生は1400年前。一方、仏教誕生は2500年前。古さで言えば、仏教が最古です。

しかも、仏教は宗教というより生きるための哲学と言った方がよく、インドのアカデミアでは実際に哲学の中に分類されているとも聞きます。

生きるためには、争いごとや悩みに向き合わなければなりません。自分だけが正しい、自分の意見が正しいと思い込んでいると、思い通りにならなければ、当然、不平不満や不安な気持ちが高まり、「我慢」の心境に至ります。

そこで仏教は、何が正しいかはわからない、何が正しいかは一概に言えない、だからこそ、熟議と熟考を通して、その時々に最善(ベストではなく、ベター)の結論を導くことを諭します。

それが仏教における「中道」の意味であり、「中道」とは足して2で割るとか、真ん中という意味ではありません。

その点を理解できると、パレスチナ問題にしろ、米中関係にしろ、国際関係を考える際に、仏教的思考が極めて重要な時代になってきたと思います。

「仏教が趣味」を公言する身ですから、ついつい仏教贔屓の話になりました。でも、国際関係に限らず、内外の様々な問題の解決や前進の糸口を見い出すために、仏教的思考は大いに参考になると思います。

もちろん、個人的な悩みや人間関係のトラブルを改善するためにも、仏教的思考は重要です。

「三耕探究」では「学」も「論」も「心」も「探求」します。どうぞ、お付き合いください。

(第1回、了)

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