2011年4月24日号。<ローマ法王猊下におかれてはぜひとも『ヨブ記』を引いて教えていただきたかった。>
2011年4月24日号。<ローマ法王猊下におかれてはぜひとも『ヨブ記』を引いて教えていただきたかった。> 3時半起床。 直接被災された方々にはくらべるべきもないが、それぞれの日本人が「あの日」から何らかの人生の変化があったのではないか。 つらつらと省みる時、実は私もそうなのである。日々のささいなことに、異変が起きている。これまた振り返れば阪神淡路大震災の時がそうだった。あの瞬間から、五感が研ぎ澄まされた感覚を今でも憶えている。見るものや聞くものの詳細までもがなぜか気になった。それはやがて自分の置かれている環境そのものの客観視につながっていき、私は10年間勤めしていた文藝春秋を辞めた。 今回も「何かがかわっている」という自覚があった。休日の今日、それをあらためて見直してみると二つのことが思い当たる。ひとつは「些細なことに怒らなくなった」ことだ。「無用な摩擦を避けるようになった」とも