2020年5月10日号。<母は元気でいるだろうか / 池江璃花子さんから教えられること / エッセイ【たまには、乾隆帝など】:漆嶋稔>

おはようございます。ヨロンです。

  今日は母の日。私の実家は長野県東御市にあり、3人兄弟の一番下の弟が、母と一緒に住んでいます。
 昭和8年生まれの母は、少々耳が遠くなって物忘れが目立ち、身体のあちこちが痛いと言って整体に通う以外は、特に問題なく元気で過ごしています。物忘れが目立つと言っても、日常生活に支障を来すほどではないですし、他の同じくらいの年齢の友人らと比べても元気でしっかりしています。なぜか……おそらく足が丈夫なんですね。
 母は30代~40代にかけて、ガスの集金で毎日10キロ以上歩いていました。とにかくよく歩きます。若い頃は実家の畑仕事を手伝い、秋はイナゴを捕りに出ていき、一日中帰ってきませんでした。今でも天気さえ良ければ庭に出て草木の手入れをしています。おそらくそれが原因ではないかと。
 そんな母も10年ほど前だったか乳癌を患い、手術は上手くいったのですが、今でも定期的に診察を受けています。こちらでも一度報告しましたが、最近は糖尿になりかけて、医者からは適度な運動とご飯を食べすぎないように注意を受けています。

 前回実家に帰ったときに、母の「簡単ケータイ」を「簡単スマホ」に替えました。機能も増えて通信量も安くなったのですが、携帯電話が替わったことを母が認識できず、使い方を教えるとそのときは理解するのですが、しばらくすると古いケータイを探し始めるのです。認知症というよりは、単に「機械が新しくなったこと」を理解できない感じ。
 母と弟は毎日携帯電話で連絡を取っていたために、勝手に替えてしまった私に対して弟から猛烈な抗議が来ました。そこで簡単ケータイに戻そうと家に帰ろうとしたのですが、コロナの件で母が心配し、帰ることができないでいます。私はバイキン扱い(苦笑)。弟はパソコン関係が一切できず、携帯電話ショップに行っても話にならないので、代わりに機種変更することができません。
 今までの母の日は電話やメールでやり取りしていたのですが、それもできなくなっているので、弟を通じてやりとりすることになり、ボケてしまわないか心配しています。
 介護業界も今は大変なことになっているようです。メールの読者で従事されている方がいるので、現状を教えていただくこともあります。生身の人間が相手だとオンラインでというわけにもいかず、介護される側の家族もいろいろな人がいますし、スタッフも人間なので、今のような事態ではさまざまなトラブルに直面することになります。

 母は介護サービスを受けてはいませんが、私はとにかく携帯電話と糖尿が心配です。実家に帰ることができるのは、あと1ヶ月以上先になりそう。それまでは、とにかく頑張って乗り切ってもらうしか無い。パソコンのできない弟と、なんとかLINEだけでやりとりができるので、今はそれが唯一の連絡手段です。


■池江璃花子さんから教えられること

 昨日、水泳選手の池江璃花子さんのドキュメンタリーを観ました。予約しておいた『ブラタモリ』の時間帯にやっていた番組で、ビデオが途中で切れてしまい、最後の15分間は観られなかったのですが、いろいろなことを考えさせられました。

“たくさんのありがとうを伝えたい”
NHKスペシャル「ふり向かずに 前へ 池江璃花子 19歳」
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/error/index4.html
<池江璃花子さんからのメッセージ
こんにちは。池江璃花子です。闘病中の姿、ここまで元気になった私を見ていただき、病気の方たちや、いま希望を失っている方たちに、大丈夫だよって伝えたいです。以前当たり前のようにできたことができなくなった姿を見て、驚かれる方もいるかもしれません。でも私は、どんな自分自身も受け入れて前に進んでいきたいと思っています。番組を通じて、闘病中も支えていただき応援してくれた方々、いまも病気から人々を救うためにお仕事されている病院関係の方々にも、たくさんのありがとうを伝えたいです。>

 辛い治療の日々もありますが、希望を感じられる内容となっていました。それでも、本人は何度も絶望を感じたことでしょう。泳ぐたびに日本新記録を連発していたころとは180度変ってしまった今、彼女は2024年のパリオリンピック出場を目標にしてリハビリに励んでいます。
 4年後というと23歳。アスリートとしてのピークは過ぎてしまうかもしれない。メダル云々ではなく、選手として選ばれるだけでも奇跡です。いや、試合に出られるだけでも奇跡。
 おそらく、彼女にとって病気になる前となったあとでは、世界が全く変ってしまい、「泳ぐ」ということに対する考え方も変ったことでしょう。

 池江さんと一緒にしてはいけないのかもしれませんが、少し大げさに言うと、人類は新型コロナウイルス発生の前と後で、生活や人生観が変わるはずです。仕事や勉強の仕方、日常生活、食べるもの、旅行や趣味まで大きく変わることになるでしょう。コロナが収まったとしても。
 変わるとなると不安ばかり感じてしまいますが、池江さんが「ふり向かずに 前へ」と言うように、「以前はこうだったのに」と恨めしく思っても何も戻って来ず辛いだけ。新しい自分を探す(こういう言い方は勝谷さんは「嫌いだ」と言いそうですが)方が、おそらく心の免疫力も上げていく。

 と言いながら、居酒屋で気の置けない仲間や好きな人と楽しく飲む生活だけは、一日も早く取り戻したい(笑)
 私にとってランニングもそうですね。ランニング大会は走るだけではなく、仮設トイレや更衣室で感染のリスクがあるので、再開にはまだ時間がかかりそうですが、ランナーは決まりがあればしっかり守る人が多いので、ルールさえ作れば開催は可能でしょう。

 今年7月5日に開催予定だった函館マラソンが中止となりました。
 私はエントリーするつもりで、マラソンが終わってから札幌に移動して、お客さんである札幌市議会議員たちとのミーティングを持ち、夜はオフ会を行おうと考えていましたが、あっけなくすべてキャンセルとなりました。
 本当は今日、昨年開催した『××な日々杯 皇居マラソン大会』に続くイベントも行おうと考えていました。カレンダーを見たらまだ予定が残っていたのですが、具体的な企画を立てる前にコロナ禍が始まってしまったので、自動的に延期となってしまいました。

 しばらくは開催は難しいと思いますが、走ること自体は今でもできますし、むしろ推奨されるべき。となると、あとは運営の問題です。今は横並びで開催を見送っていても、このまま感染者の減少傾向が続けば、どこかの中小規模の大会を開催する動きが出てくるはず。もちろん、感染予防には十分に気を使って。
 一度ノウハウができて無事に大会を開催できれば、それは全国に広がるはずです。今年の秋には開催する大会が出てくると思いますが、期待しすぎでしょうか。

 マラソン大会に限らず、他のスポーツ大会や各種イベントなども、コロナの前と後では違ったものになるはずです。それは、感染予防といったものから、走り方、楽しみ方に至るものまで意識が変わるということです。
 十把一絡げで捉えることはできません。クラシックのコンサートとライブハウスのオールスタンディングライブとは全く異なりますし、寄席の落語とホールでの漫才も異なるでしょう。温泉だって、大浴場と部屋に付いている個室風呂とは異なる。

 今は一律の自粛を要請していますが、これもそろそろ見直すべき。根拠に欠ける一律の自粛は、歪や軋轢を生みます。「自粛警察」などということばができているように、住民のトラブルも発生し、パチンコ店や紀伊國屋書店オープン時に行列ができるような事態も生み出します。
 感染予防対策をしっかり取った上で(これが一番大事)日常生活を取り戻していく。感染の可能性が高いものに関しては、補償と並行して規制をかけ、医療体制の充実も進めていく。
 コロナの前と後では見える景色は異なるかもしれないけれど、少しずつでも日常を取り戻すことが、結果として戦いに勝つことになるのだと考え、想像を張り巡らす日曜日としたい。


 そんな日曜日の癒やしと教養となっている漆嶋さんのエッセイ。今日も、私の苦手な分野をサラッと書いてしまうところに憧れます。


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【たまには、乾隆帝など】

 漆嶋稔(翻訳家)

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