2020年2月2日号。<テレビ番組のネット同時配信は”終わりの始まり”なのか / エッセイ『ジーンズでご挨拶』:漆嶋稔>
おはようございます。ヨロンです。
昨夜はイベントの撮影の仕事で立川に行ってきました。終わって機材を半蔵門に戻し帰宅したら深夜1時近く。シラフで深夜の通勤電車に乗るのはキツイものがありますが、土日は車内が結構空いているので、平日とは違った気軽さがあります。
イベントの前半は、上野千鶴子東大名誉教授の基調講演でした。以前も書いたかもしれませんが、上野さんとは不思議な縁があり、一緒にラムを食べに行って、私のことを「しげっち」と呼ぶので、私は「ねえさん」と呼ぶようになりました。
それでも、会うのは5年ぶりくらいかな。講演を聴いたのは10年ぶりくらいだけど、相変わらずキレッキレ。話の内容は難解なのに、淡々と皮肉とユーモアが繰り出されてきて、あっという間の1時間半でした。
上野さんほどの個性的な人になると、熱狂的なファンが付くのと同時に、アンチも多くなります。嫌いな人も多いでしょう。上野さんのまわりには「男って何よ」と男を敵対視する人が多いのですが、上野さん自身は男が大好きです。男性中心で男性優位の「女が男の犠牲になり虐げられる不条理」を、女の側から批判しているのであり、決して男が嫌いなわけではありません。そこが世間一般に誤解されていることなのかもしれない。意外と勝谷さんにも似ているような気もします。
今日は日曜日なので、いつもと少し毛色の異なる話題を。私は武蔵大学のメディア社会学科で一応講義をさせてもらっていることもあり、メディアの話題には関心があります。
<民放キー局ネット同時配信、地方局は死活問題/解説>
https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202002010001144.html
<民放キー局5局が今秋以降、テレビ番組を放送と同時にインターネットに流す同時配信を始める方向で準備していることが1日、分かった。テレビ離れが進んでいるとされる若者層を中心に、スマートフォンなどで広く番組を見てもらうのが狙い。3月から同時配信を始めるNHKに追随し、放送と通信の融合が本格化する。だが、キー局の番組が全国で見られることになり、地方局にとっては大きな試練となる。>
記事の中にもあるように、3月からNHKがテレビとネットの同時配信を行うことになり、それに民放キー局も追従します。テレビのライバルはスマホだとして、ネット視聴者に広げるという思惑です。
まず、テレビとは何か。昔は、リビングにでーんと鎮座して、家族が集って同じ番組を見るものでした。今はレコーダーがあるので、「8時だよ!全員集合」を家族みんなで観るということにはなりません。テレビは各部屋に1台ずつ置かれるようになり、世代や好みに応じて番組が観られるようになりました。
今の若者は、リビングにいても大型のテレビを観ずに、スマホでYouTubeを観ています。テレビに映す場合もありますが、確実に我々の(一緒にしてしまってすみません)世代と異なるのです。そこでスマホの世代にも、テレビ番組を観てもらおうというのがNHKの試みでした。
NHKの強みは、制作予算が潤沢なことと、広告が必要ないこと。ネット上には「スマホを持っているだけで受信料が取られるのか」という心配も見かけますが、実際は専用アプリを入れた人から課金すればいいだけの話です。
民放が同時配信を行う場合、CMをどうするかという問題があります。専用アプリを入れるにしてもYouTubeをプラットフォームにするにしても、CMを入れることは可能。その際、今のようにマスに訴求させるものではなく、「ターゲティング広告」と呼ばれる視聴者の好みに応じたCMを個別の端末に表示させることができるようになります。技術的には以前から可能でしたが、5Gの普及に伴い、ほぼ完全な同時配信に新しい機能を付け加えることもできるようになります。
それでは、テレビ局にとって明るい未来が待っているのでしょうか。
コンテンツを考えてみましょう。一番わかり易いのは『カツヤマサヒコSHOW』かな。今回対象となった民放キー5局ではありませんがわかりやすい。
BS-TBSの『報道1930』は、すでにネット同時配信を行っていました。しかも生番組。数週間かけて取材を重ね、20人ほどのスタッフが大量の業務用機材と専用スタジオを使って番組を作り上げていきます。これは一般人にはできない。
『カツヤマサヒコSHOW』も、時間をかけてゲストのブッキングや企画構成を進めてきて、専用のスタジオで何人もの職人たちが作り上げます。
かたや『血気酒会』は、ひとり(私)が番組開始の1時間前から準備を始めて、本番もスタッフなしでライブ配信するため、番組のクオリティとしては月とスッポン、像と蟻、東京ドームと田舎の公民館くらいの差があります。久保Pにとっては「そんなの比べんなや」(笑)と言いたくなるレベル。
これが、スタジオをある程度のところまで作り込み、何日もかけてプロの作家も入れて構成を練って取材を重ね、当日もカメラ、音声、ライティング、進行、配信それぞれのスタッフが付いて、さらにメイクまですることとなれば、だいぶ話は変わってきます。すでにそのような取り組みをしている番組も出てきました。
企業がある程度お金をかけて自ら配信するようになれば、テレビ局のレベルではなくても、スマホで観ていて違和感の無いレベルまではできるようになります。テレビほどコンプライアンスに厳しくないネットの世界では、より突っ込んだ放送も可能となります。
しかしテレビ局は、ネットだからと言ってクオリティを下げるわけにはいかない。 AbemaTVは放送事業者ではありませんが、テレビ朝日が出資してテレビ並みのクオリティの番組を配信しています。制作予算もかなりかかるので、なかなか黒字化できない。
もし、勝谷さんが本気に『血気酒会』を運営しようとしたらどうでしょうか。まずネックになるのは予算です。ゲストに出演料を払わなければならないし、スタッフの人件費、機材費など、膨大な予算が必要となります。彼はゲストに出演料を払わない代わりに、打ち上げをごちそうするということにしていましたが、最期の方は、にじゅうまるに行くのですら渋っていたので、番組制作に予算をかけるなどというのは無理な話でした。
逆に言えば、予算さえなんとかなれば張り合える番組が作れるのかもしれません。全国で観ることができて、しかもアーカイブにして広告を入れておけば、ずっと視聴されて広告費も入ってくる。
取らぬ狸のなんとかで、仮に『血気酒会』をそのようにしたとしても、『カツヤマサヒコSHOW』の制作費の10分の1を稼ぐには、相当な閲覧数を稼がなければならず、実際問題としてはかなりハードルが高い。
サンテレビ側からすると、自社制作の番組を他局(MXテレビなど)に売るという方法はありますが、数が取れるものではないとローカル局でもなかなか買えません。営業がせっせとスポンサーを開拓し、予算を作って番組を制作するというルーティンは、ネット配信の時代が来てもなかなか変わりそうにありません。
それでも、考え方をまるっきり変えたらどうでしょうか。ケーブルテレビ文化のアメリカから始まった Netflix、Hulu、Amazonプライム、そしてAppleTVなどのネット映像メディアは、潤沢な資金力で番組を制作し続け、既存のテレビ局だけでなく映画も凌駕し始めて、しかも世界中で配信されるようになりました。
日本のテレビ業界も”今の”自社コンテンツをそのまま配信するのではなく、新たなメディアを作るくらいの取り組みをすれば、可能性は広がっていくのではないかと思うのですが。
今のままでは、YouTuberと対決するようなことになり、圧倒的に低コストでできるYouTuberが優位に立つこともありえます。気楽な立ち飲み屋に、高級料亭の料理と酒はいらないのですが、高級料亭に近いものを出せる新たな立ち飲み屋は作れます。
今日も、漆島さんのエッセイをお送りします。すっかり、日曜日に気楽に読める企画として定着しました。
この『××な日々。』は、新聞や雑誌の制作費とはゼロが2つも3つも少ないわけですが、それでも唯一無二のメディアとしての可能性はあります。常にそれは忘れないように続けていかれれば、と思うのです。
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【ジーンズでご挨拶】
漆嶋稔(翻訳家)