2012年3月11日号。<生かされてある私たちよ。「雄々しく」立ち上がれ3月11日に!>

3時半起床。高松。
 私たちは生きている。どういう奇しき手によってであるかはわからないが、生かされている。ならば生きてあるものとしてのなすべきことをなさねばならない。ちょうど1前にその思いを半ばで断たれたひとびとのためにも。
 東本大震災から1周を迎えた。昨あたりから大マスコミではお節料理を用意していたかのように次々と、眉間に皺を寄せた人々がさまざまなことを語っている。なぜかこういう時に私はお呼びがかからな。まだ真っ暗な瀬戸内海を見おろす部屋でこの稿を書いている。船の灯が、ゆっくりと闇を切り裂いて進んでいく。

 私たちは生きている。
 そのことを改めて実感したのは先ここで書いた、福島第1原子力発電所の4号機に起きた「奇跡」を知った時であった。
 簡単に復習しておく。4号機は当時、点検中であった。そのために原子炉の上に水をはった。11にはもう抜いているはずのところが、機具に不具合が起きたために、溜めたままになっていた。これが奇跡のひとつめ。
 抜いた燃料棒はプールに置かれていた。冷却水の供給が止まれば発熱が始まり、すぐに水は蒸発する。燃料は暴走し、核物質をばらまく。そうなれば何が起きるか。4号機からの被害だけではない。1号機から3号機、いや、あるいは福島第2原発からも作業員は撤退しなくてはいけない。すべての炉が放棄されコントロールを失っていただろう。
 それは本国が国土の半分を喪失することであったかも知れない。その速度はたいへんに早く、あなたや、あなたが逃げおおせる時間があったかどうか。
 ここでその想像にかぶせて考えなくてはいけないのは「その時、あの『嘘つきども』がどうしたか」だ。SPEEDIのデータも出さなかった奴らである。こういう「嘘つきども」がこの国の中枢にいるということを国難によって知ることができたのは、不幸中の幸いであった。まだ追い出すには至っていないのがまことに残念だが。
 しかし神風は吹いた。地震によって燃料棒をおいたプールと原子炉上部との間の隔壁がずれて、水がプールへと流れ込んだのである。「神による冷却」が自然と起きたのだ。
 そのために、ひょっとすると、あなたや、あなたは生きて今といを迎えている。あの私は大阪にいたがすぐに帰京していた。ということは、私もまた例外ではない。「なにものかに助けてもらった」のである。
 今というは「気の毒にもなくなった方々を追悼する」ではない。「いのちひとつ拾った自分が何かを考える」だと私は思っている。そういう気持ちで311を迎えたのである。朝新聞のスクープといっていい4号機に関する記事は、おそらく築地をどりはそこまで考えていなかったのだろうが、私にとってはきわめて重かった。

 生かされている。
 この思いを持つことと持たないことでは、私たちの生き方はずいぶんと変わってくるように思われる。
 なぜ本国があのアメリカによる非戦闘員の無差別虐殺の焼け跡から立ち上がれたか。それは誰しもが「自分は生かされている」と考えたからだ。死は常であり、隣り合わせであった。家族が、いつも一緒に遊んでいた友が死んでいった。次は自分だと誰しもが思っていた。だからこそ、815の青空のもとに「生きている」そして「生かされている」と思ったのだ。「生かされている」自分は、それができなかった人々にかわって、何事かをなしていかねばならないと考えたに違いない。
 個人的なことにおつきあい願うことを許していただきたい。
 私は平成8に10間勤めた文藝春秋を辞めた。『マルコポーロ』という当時いた雑誌が、国際エセ同和団体の圧力に屈して理不尽な廃刊をされたことが理由ではあり、編集長であった花田紀凱さんに殉じたということにもなっている。
 もちろんそれはそうだ。しかしもっと心の中では根源的な部分があった。東京に出たことで私はたまたま117に、阪神間にいなかった。しかし、あそこで亡くなった方々は私であったかも知れないのだ。震災直後に現地に入って瓦礫の間をバイクで走り、涙がヘルメットの中で千切れながら、私はそう思った。「これは私だ、私だ」と。そして「自分はなんというくだらない人生を送っているのか」と唇をかんだのである。
 文藝春秋の名刺を切り、世田谷あたりの広いマンションに住んで、夜な夜な会社のカネで呑んでいる(当時はもうできませんでしたが)。それが何ほどの人生だというのだろう。いま、この瞬間に理不尽な力で死んでいった時に、自分は幸せだったといえるのか。あるいは、いまこの瞬間に理不尽な力で死なざるをえなかった人々に、自分こそがかわりに本国を支えていくと言えるのか。
 否であった。恥ずかしくてしかたがなかった。なすべきことは他にあると思った。そこで会社を辞めて、職安に仕事を探しに行くことにしたのである。
 それは「ひとのため」ではない。「自分のため」だ。利己主義だ。今回も含めた大きな災禍で衝撃を受けたあと「ひとのため」に何かをすることに目覚める人々を、私は素晴らしいと思う。しかし私の場合はあくまでも「自分のため」だったのだ。そういうこともあるのだというのをここに今いうに記し残すだけであって、それがいいとも、そうすべきだとも私は言わない。ただ、私の場合はそうであったということだ。昭和2015に、私がまだ知らぬ時に本人たちが感じたのかも知れないことは想像で書いた。しかし平成717の私の気持ちはそのまま書いておく。平成2411に、前のことを心から追悼しながら、私はいま自分が正直に感じていることを記すのである。

 1前に自分が何をここで書いていたかを見直してみた。モノ書きにとってこれほど恥ずかしいことはない。多くのものははずれているのである。しかし、いくつかその後に起きるであろうことをもう既に危惧していたこともわかった。もっと継続的にそうしたものをちゃんとウォッチし、何らかの働きかけをしていればよかったのだが、バタバタとしている中でちゃんとなしえていない。
 私は大阪の読売テレビで『たかじんのそこまで言って委員会』の収録の合間に揺れを感じた。そしてそのにうちに号外を出している。再録は恥ずかしいのだが私は今というは「あの」の初心に帰るときだと思っている。この記を読んで下さっている限られた方々と思いを共有するべく、当の「号外」を再録したい。
 <大地震、該当地域の方々の無事を心から祈ります。
 まだまだ余震のみならず、巨大な「別の地震」も可能性がなくはありません。
 これは私たちが今まであまり経験したことのない地殻変動です。
 今の段階で敢えて言えば南海地震を彷彿とさせます。
 被災者に役立つと思われるあらゆる情報を、必要とあらば明記に活用しますので、お送り下さい。
 被災地の様子その他も、寄せて下さい。
 文字数に限りはありますが、私が出来ることは何でもするつもりです。
 今こそあらゆる対立を超えて、国難に本民族一丸となって立ち向かいましょう。
 大和魂の底力を見せましょう。
 自分のことよりも、人のことを考えましょう。
 愛する人たちをどう護るか、行動を起こしましょう。
私は大阪にあって、無事です。
 すべての人びとの上に無事と安心があらんことを。>
 すべての人びとの上に無事と安心はなかったのだ。翌に私が言ったこのことを、そろそろ本気で考える時が来ているのかも知れない
 <政府が無能なら私たちがそのケツを蹴り上げる。それでもダメならとりかえる。世界中に手助けを呼びかける。あらゆる手段を使い、私たちは同胞を見捨てることは決してないことを知っていて欲しい。>
 蹴りあげるケツもなかったですね。お遍路に行っちゃった。世界は助けてくれた。「私たち」はしかし瓦礫を受け入れすらしない。それが1後のいま、今というだ。

 しかし。
 今というだからこそ、考えたい。815に私たちが手にしたのは「国のしくみの組み換え」であった。そこには真っ白なカンバスがあった。残念ながらアメリカという国が絵を描いてしまい、その中に私たちはいまだに閉じ込められている。
 311はどうだろう。「東北の人たちは気の毒だなあ」と思っている限りは、この国のかたちはかわらない。冒頭から延々と書いてきたのは「私たちはいちどは死んだのだ」ということだ。実は平成23の311は昭和20の815とそうはかわらないのである。
 だったら「死ぬ気」で出直してみましょうよ。あのから今に至るまで、シニカルな私はあまり書かないが(笑)「いい兆候」はいろいろと出ている。そしてそれは「嘘つきども」にとっては「悪い兆候」でもある。だからお仲間の大マスコミは報じない。しかし、これからそういうものは、次々とあらわれて来ると予言しておこう。本国は、根本の部分では元気になりつつありますよ。それが既得権益を崩すことになるので、利権談合共産主義者たちは認めないだけだ。問題はその方向性である。良民常民は、そのことをしっかりと見つめておいた方がいい。

 だからこういうのは「違う」というべきなのだ。原発がああなった以上、そういう声は傾聴するべきだろう、と敢えていう。しかしこいつらを私は本人と認めない。。
 <東京大行進>
 http://coalitionagainstnukes.jp/
 <あの3.11から1、東本大震災と福島第一原発事故により犠牲になられた方々への追悼及び脱原発への誓いを胸に、デモ行進と、国会議事堂を包囲する「人間の鎖」アクションを行います。>
 大和島根は今、追悼にこうべを垂れているのである。その中を蹂躙するわけね。天皇陛下がここまでされて私たちのために祈って下さっている時に。
 <天皇陛下、追悼式出席へ/退院後、初の公務>
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012031002000035.html
 <宮内庁は九、心臓冠動脈バイパス手術を受けて静養中の天皇陛下が、十一に東京都内で開かれる政府主催の東本大震災一周追悼式に皇后さまとともに出席されると発表した。退院後、初めての公務となる。>
 このことを教えてくれた人は「バカのあぶりだし」と添え書きをくれた。その通りだと思う。原発の今後については活発な論議が必要だろう。しかし、追悼のに病躯をおして祈られる陛下のお近くを騒がそうというくわだては、なるほどどういう連中が「反原発」を商売にしようとしているかがよくわかるというものだ。基地もそうだ。原発もそうだ。それらがただ良いと思っている良民常民はいない。だからこそ、丁寧に論じて、煽動屋どもを排除していかなくてはいけない。
 落ち着き、うろたえず、たゆみなくやりなおしていく。それが先に逝った方々の志を受け継ぐことだと、311に私は言い置きたいのである。逝きし魂よ、やすらかなれ。

365日毎日お届け!『勝谷誠彦たちのxxな日々。』

コラムニスト勝谷誠彦の盟友でポリティカルコーディネーターの高橋ヨロンが、365日原則として毎朝10時までにお送りするメールマガジンです。
内容は、時事ネタから勝谷ネタ、勝谷ゆかりの豪華執筆陣によるゲストコラムなど。また、サイトログインによるバックナンバー購読や勝谷誠彦デジタルデータの閲覧などが可能となります。

コメントを残す