2012年6月28日号。<オノレの利権死守のために「大学を減らすな」と社説で書く朝日に消費税云々を説く資格があるのかね>。

 2012年6月28日号。<オノレの利権死守のために「大学を減らすな」と社説で書く朝日に消費税云々を説く資格があるのかね>。  4時起床。  ポル・ポトの圧政から解放されたあとのカンボジアと日本の縁はまことに深い。言うまでもなく、あの混乱の時期に、社会党などの売国奴どもの反対にもかかわらず、PKOに「丸腰の」自衛隊を派遣し、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の代表に日本人の明石康さんが就任して奮闘したからだ。  振り返るともう20年前のことである。私は30歳になったばかりだった。当時のまだどこで襲われるかわからないチャクラポン支配下地域に入っていった話などはときどき書いてきたが、もっと地道な取材が多かった。豪雨で前庭が浸水していた夜、UNTAC本部に明石代表を訪ねていき、親しく話し込んだことを思い出す。あるいはタケオ基地の近くの、床があるだけのような木賃宿。とはいえ高床の部屋にはカエ

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