2007年4月1日号。<この国を変える戦車や四月馬鹿>。

 2007年4月1日号。<この国を変える戦車や四月馬鹿>。

 4時起床。
 かねて心の底では密かに願っていたことではあった。しかし、起きてみると、自らの立場と、私的にどういう運命を辿るのか、動揺せざるを得ない。
 まさか、宇都宮の部隊がヘリで動くとはね。確かにあとから考えるとその通りなのだが、プロというものはいくら素人がそうと思っていても、違う動きがするのだと思った。
 それを考えると、自分の運命もわからないという気がする。
 今この瞬間にも、当局の判断によっては警察か警務隊が来るだろう。
 かなり確率の高い、身柄の拘束の前に、これを発信しておきたい。
 特に、この3ヶ月に渡って私を支えてくれたあなたがたにお礼を申し上げておく。こんなメールのシステムは、日本でもはじめてのモデルだったが、素晴らしい読者の方々を得て、幸せな日々だった。
 まだネット機能は生きていて、このメッセージを、あるいは最後に送ることができたことが、幸いである。

 自衛隊による決起の情報は、実は2週間ほど前から私のもとにあった。
 普段でも、出していい情報と、自分のところで止めておくそれを峻別している私だが、これに関してはさすがにこの場で書くことはできなかった。
 あなたには嘘をついていた。申し訳ないと言うほかはない。

 日付が変わるころに第一報を受けて、ともかくも外に出た。様子を見るために徒歩である。事務所のある二番町から、歩いて霞が関、永田町の方へ向おうと思った。
 戒厳令が敷かれているにしては、不思議なほど、いつもの東京である。タクシーは客待ちをしているし、赤坂見附あたりでは、歓送迎会を終えた酔客が大量に歩いている。
 この人たちは恐らく、今起きていることを知らないのではないかと思った。

 ヘリも意外なほど少ない。これは当然であって、普通の事件事故ならば、放送局や新聞社が好きなようにヘリを飛ばす。しかし、今は臨時行政委員会によって許可されたもののみが飛べるわけで、今飛んでいるヘリは、市ヶ谷の防衛庁と霞が関や永田町を結ぶ、改革派のものと思っていい。

 決起した人々が名乗る「改革派」とは面白い名前だと思った。午前0時を過ぎたころに流れたNHKの放送でご存じのように、臨時行政委員会は、組織としてその名前を布告はしたが、自らを飾る名前を出さなかった。ただ「政官業そして軍の改革派」と名乗った。
 含みのある言葉であり、面白い。その手の内を明かさないところがいい。

 もちろん、先日のタイがそうであったように、民主主義を標榜する国家が、強権によって政権転覆を図るというのは邪道中の邪道である。
 今回のクーデター(敢えてそう呼ぶ)によって、世界は日本をバッシングするであろう。しかし、それはいつまで続くだろうか。
 あの北朝鮮ですら、奴らの横紙破りを最終的には認めなくては、国際社会は回っていかなかったのである。ましてや、日本国の経済的な存在を抜きにして、世界の経済は回っていかない。
 明日には、東証があくが、いつもと変わりなく動くような気がする。クーデターによって政権が変わったこの日本国を、外資がどう評価するか私は極めて興味深い。
 はっきりいっておく。
 東証は上がる。それにつれて、世界中のマーケットは上昇する。
 クーデターを好感するのではない。これまでどれだけ、因習にとらわれたくだらないシステムを、それでも日本だからしょうがないなあと、世界がガマンしてくれていたかがわかるだろう。

 少しオタクな話を書く。
 動いたのが第12旅団というのは盲点だった。もし小説で今回の事態を書くなら、やはり練馬の第1師団を動かすだろう。
 しかし、これは政権の当事者も最も考えることであって、第1師団長にそうした思想の片鱗でもある人を持ってくるわけはない。
 練馬駐屯地司令である、副師団長もそうである。
 ところが、第12旅団が動いた。私は昔から旅団という編成単位が好きだった。もっとも動きやすい大きさで、過去、軍事史上劇的なことをなし遂げた旅団は多い。
 第12旅団は、群馬県の相馬原駐屯地に司令部を置くが、その実力の中核は実は宇都宮の北宇都宮駐屯地にある第1ヘリコプター部隊だ。
 今回も、ここのヘリボーンの緊急展開部隊が、霞が関と永田町を一気に制圧したのではないかと推察する。

 というのも、今ようやく帰ってきたのだが、永田町あたりに立っている自衛隊員の人たちが肩章を外しているのだ。
 従って、所属がわからない。
 彼らは極めてジェントリーだった。驚くべきことに、私は首相官邸の前まで行けたのだ。検問はあるものの、止めはしない。
 桜が満開だった。この国が大きく動く時は、必ず雪が降るか、桜が散っている。
 今回は桜であった。強い風の中で桜がはらはらと散る中、「改革派」であることを示す、まさにその桜色の腕章をつけた兵士たちが霞が関に溢れているさまは、誤解を承知で言えば、美しいと私は思った。
 後世、この文章を書いたことで私は批判を受けるかもしれない。
 しかし、私はまだ10代かもしれない兵士が銃を手に首相官邸に続く道の手前、旧特許庁下の交差点に毅然として立っている風景を、確かに美しいと思ったのだ。
 背後に桜があった。
 新しい首相官邸のまわりに急遽植えられたような、若い桜が。
 それも、いいと思った。
 この偽装国家を叩き潰し建て直すには、相応しいと思った。
 見ているうちに、首相官邸の扉があき、カーキ色で横長の自衛隊のナンバプレートをつけた車が何台も入っていった。
 ああ、こんなことが生きているうちに起きるのだなあ、と思った。

 臨時行政委員会がどう動くのかは、私にはわからない。しかし、米軍との間で何らかの黙契があったであろうことは、あちらが動いていないことでわかる。
 支那、朝鮮との間で緊張が高まることも、さきほどNHKが報じたように、大使館員の安全をそれらの国々が求めてきたことで明らかだろう。
 今ごろ何を言ってやがる、とも思うが、こういう時こそ国際法を遵守するのが、これからの国際社会での地位を築いていくためには重要だろう。

 国内的には、全外国人の現在での居場所からの移動中止を布告したのはまことに正しい。外国人が悪いのではない。不正に居すわっている連中のせいで、きちんとした方々までが迷惑を被っているのがおかしいのだ。
 支那朝鮮は早速抗議の声明を出すらしいという情報が入っている。
 出すなら出せばいい。臨時行政委員会は、正々堂々とつかまえた不法残留の支那朝鮮人を、メディアの前に出すだろう。なんなら、東京ドームで全員を並べればいい。

 今回の決起した人々の中には私が悪しざまに言っていた人もいる。
 これが最後のメールとなるかもしれない。料金をいただいていて、中断するのは心苦しい。獄を出て続けるまで待っていただくか、返金するか、あとはスタッフに任せている。どうかそれでお許し願いたい。

 エイプリルフールというのは毛唐の習慣でどうも好きになれないんですが、スタッフがどうしてもやれというので、虚構で一本書いてみました。
 ちょうど日曜日だしね。出勤前の忙しい日に、こんな与太話を読まされれば、たまったもんじゃないだろうけど。
 でも、自分でも書いていて、ホントのようでちょっとゾッとした4月1日なりき。

つるかめつるかめ。

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