2019年1月31日号。<一芸百芸 ~日本の書は未完成~:水島二圭>
おはようございます。ヨロンです。
昨日、メインで使用しているMacBppkProを、有楽町ビックカメラ内のApple製品修理カウンターに持ち込みました。「O(オー)」のキーが、たまに沈んだまま浮いてこなくなるので、文章を打つのが困難になっていたのです。
やっとパソコントラブルの話から開放されてホッとしていたので、「これは誰かの怨念か」などと一瞬脳裏をよぎりましたが、キーボードを外してクリーニングしてもらったら、あっさりと快適に打鍵できるようになりました。
この機種のキーボードは、Appleの無償修理プログラムの対象となっているのですが、修理に出すと10日〜2週間かかるということで、とりあえずクリーニングだけで帰ってきました。
私にとって、文字を書く道具はキーボードということになりますが、何十年もキーボード主体の生活を送っていると、ペンや筆に対する憧れのようなものが出てきます。「万年筆を持っている自分」に憧れて、10年ほど前にウォーターマンの万年筆を買ったのですが、ほとんど使わないうちにインクが固まってしまって書けなくなりました。
上田市(長野県)の小学校時の同級生の家が、いまだに「庄村万年筆」という万年筆屋なので、以前帰省したときに挨拶がてら寄って、同級生のお母さんに相談してみたところ、「お湯の中につけておけばすぐに書けるようになるわよ」ということでした。まだ試していませんが。
やはり万年筆を持つスタイルには憧れがあります。
以前、同僚のエンジニアで、常に筆ペンを持参していて、ちょっとしたメモでも筆で書く田中ベン(勉)ちゃんという変なヤツがいました。打ち合わせでも大したメモはしないのですが、それでも、ベンちゃんが筆で書くと、何か格が上がったような気になってしまったのを覚えています。
なんだかレベルの低い話ですみません。
水島先生のコラムを読んでいると、筆か万年筆を持ちたくなります。
とりあえず、私は万年筆をお湯につけるところから始めます。
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一芸百芸 ~日本の書は未完成~
水島二圭(書家)