2017年3月26日号。<三文写真家の私、呆然。ももクロはモモカが日芸の写真学科を卒業がどれだけ凄いことかについて>。

  • <ももクロ有安、日芸大写真科卒業を初公表/W表彰の快挙も>
  • <「しもべのように…」/作家が見た首相公邸の夫人付職員>
  • <宮内庁/陛下退位後の住まい、東宮御所を検討>

 

 4時起床。
 東京は完全に冬が戻ってきている。箱根は雪で真っ白だそうだ。全国的に冬型の気圧配置だそうで、風など召しませぬよう。
 『カツヤマサヒコSHOW』の最終回を観たというメールをたくさん頂戴した。視聴可能エリアが兵庫県と大阪府などに限られていることを考えると、ありがたいことだ。私が最後にカメラに向かって言った「I shall return.」の解釈を巡って、いろいろな声をいただいたのが面白かった。言うまでもなくこれは1942年3月20日(なんと日にちまで近接していた!)にダグラス・マッカーサーがフィリピンを逃げ出したあと、オーストラリアのアデレード駅で報道陣に向かって言い放ったセリフである。
 多くの日本人はマッカーサーがフィリピンを出る時にこれを告げたとして「そんな修羅場でカッコええなあ」と思っていたに違いない。あなたや、あなたもそうではなかったですか?違うのだ。魚雷艇から飛行機などなど周囲の手をわずらわしまくった上でオーストラリアに逃げくさって、やっと本当に安全だと感じた時に言い放った。これで意味がずいぶんと違って来る。「ここに」という単語が抜けている。「ここ」にいることができなかったからだ。
 私は入れてやろうかと思ったが、こんなこまかい経緯を知っているのは軍事おたくだけだろうと思って、人口に膾炙して誰もが知っているセリフを使ってみた。もちろん日本を占領した奴のそれは嫌ではあったが、なんとなく気分。若干の皮肉を込めている。ところが。わが精強無比なる読者はそのあたりをいろいろと突いて来るのだ。アメちゃん科白を使ったことには批判はない。さすがである。ただし「悔しさが感じられる。サンテレビとは本当は何かあったのではないか」というニュアンスを感じられた方が何人かいた。私のこれまでの性格を考えれば当然だ。

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