1・リアリズムと原理原則

私の立ち位置は、ガソリンスタンド(GS)はじめとする国内の石油流通業界にあります。
省エネと環境対策の重要性は十二分に認識しております。
さらに現実問題として、石油メジャーや国内石油メーカー(元売)、石油ガス開発会社はESG投資(環境貢献度による投資判断)の洗礼を浴びつつあります。いずれ国内中小企業にもESGが波及するかもしれません。
ただし、最近のエネルギー論に違和感を覚えてもおります。
エネルギーは、原理原則、リアリズムで考えなければなりません。
エネルギーとは人間が生きるために必要な栄養分を意味します。それは「カロリー」(熱量)で定量化できます。定量をどう充足するかがエネルギー論の要となります。

ちなみに、日本医師会のHPで個人別の1日に必要なカロリーを計算できます。
https://www.med.or.jp/forest/health/eat/01.html

私の場合、2800Kcalでした。
高橋様がマラソンしているときにカロリー消費は相当大きくなります。そのためには走行後に上記の2800Kcal以上のカロリーを補給しないと、勝谷さんと同じ運命を辿ることになるでしょう。
私たちは生きるためにカロリーというエネルギーを消耗し、新たなエネルギーを補給しなければ社会は成立しません。そのためには「こうあるべき」という理想論を否定しませんが、現実には、「カロリーを充足する」という原理原則のリアリズムで動かざるを得ません。
動物愛護が叫ばれる一方で、現実には、町中にホルモン、串揚げ、焼き鳥、ステーキ、とんかつ、ハンバーガー等々、動物の肉を食べる飲食店が列をなすほど大繁盛しています。屠殺場では運命を悟った牛が悲しい目をしていることでしょう。しかし、これは人類が永続的に必要なカロリーを摂取するというリアリズムです。
理想(将来の展望)と現実を混同しているのが、最近のエネルギー論に感じられます。将来は将来論として語り、カロリー充足はリアリズムで考えるべきです。

石油や石炭などエネルギー源も同じです。日本人が必要とするエネルギー量は定量化されています。
経済産業省の「総合エネルギー統計」で、日本が1年間に使う一次エネルギー(石油や天然ガス、再生エネルギーなど原料エネルギー)総カロリーを石油カロリーに換算すると、「5億1741万KL」となります。
1日142万KLです。
ガソリン乗用車が1カ月に消費するガソリンが60Lほどです。1日2L。割り返すと自動車7億台を走らせるエネルギーを日本人は必要としています。実際の自動車保有台数は8千2百万台ですから、残り6.8億台分のエネルギーを工場、会社、家庭の様々なシーンで消費しています。
「自動車7億台分のカロリー」を確保することが、いわゆる「マスト」です。でないと経済が不活性化し社会不安が生じます。

2・エネルギーの原理原則

エネルギーを原理原則で考える時、大きく以下のポイントで比較、、評価できます。

  1. 単位当たりカロリーが高い
  2. 安定的に供給できる
  3. カロリー当りのコストが安い
  4. 管理・保管が容易
  5. 安全性が高い
  6. 環境性能・CO2排出量が低い

1・カロリー

下表は経産省の総合エネルギー統計です。
一次エネルギーの消費量です。計量単位が異なるので、カロリーを石油に換算しています。もう1つ下はその構成比です。
石油換算で約5億2千万KL相当のカロリーが日本人の生活を維持するに不可欠なリアリズムです。

●一次エネルギーの石油換算消費量

●同構成比

構成比でみると、石油、石炭、天然ガス都市ガスがほぼ9割を占めます。
石油と石炭はCO2排出源としてBSE投資の波にさらされようとしています。しかしながら、現実にこれだけ利用しないと日本人の生活は成り立ちません。これがリアリズムです。
総エネルギーの40%を占める石油ですが、90年比で30%も減少しています。言い換えれば90年比で「日本は石油でCO2を30%削減した」ことになります。

2・安定的に供給できる

・石炭、天然ガス

国内生産は少ないのですが、輸入先が環太平洋で充足できます。ガスは米国のシェール生産が活発で、2018年、米国を世界一の産油国に押し上げました。パナマ運河が拡張されてメキシコ湾から日本への輸出が始まっています。
いずれも大量に埋蔵されているうえに、米軍と自衛隊の制海権内を安全に航行できます。

・石油(原油)

原油は国際的に余剰があります。
日本の場合、輸入先の80%が中東地域です。これが安定供給面で不安要因です。
アラビア湾に抜けるホルムズ海峡はサウジとイランが正対しています。マレーシアのマラッカ海峡には海賊が出没し、また、戦時中の沈船があって危険な航海です。さらに南沙諸島付近も航行します。
ちなみに日本-中東は20万トンタンカーで往復40日。20万トンは25万KL。中東だけで年間640隻が航行している計算です。

・再生可能エネルギー(水力除く)

太陽光と風力が代表格です。
自然エネルギーであり、自然に任せるしかありません。
気象庁の1日の平均日照時間は5.1時間です。だから太陽光は1日5時間稼働するエネルギーです。
夜間や雨、曇天の日には稼働しません。安定とはほどとおいものがあります。
風力の場合、時間帯に関係なく風は吹きます。ただし、風が吹くか無風かは人為的に調整できません。
再生エネで、こと安定供給だけを考えれば木質バイオマスがあります。日本は山資源に恵まれており、四季のメリハリと豊富な水資源で良く育ちます。また、国内材は外材に押されて重要が低く、ために放置されて雑木林になっているものが少なくありません。
間伐をして森林資源を整備するためにも、間伐材をバイオマスエネルギーに安定的に利用できます。昭和30年代までは薪としてエネルギーの役割を果たしていました。

・水力

国内で100%供給可能かつ豊富にあります。脱ダムの壁はあります。一方、豊富な水資源をそのまま海に流すのは、資源を持たぬ国としてはまことにもったいないものです。また、ダム発電は河川ごとに分散されているので、原発や火力のと違って事故時の被害(停電)は限定的です。

3・コストが安い

先述の石油へのカロリー換算資料を使って、こんな計算をしてみました。

  1. 2017年のエネルギー別石油換算消費量(万KL)
  2. 石炭、石油、天然ガスはウェブの「グローバルノート-国際統計・国別統計専門サイト」の輸入額を使いました。
  3. 再生エネルギーは資源エネ庁の今年3月の買取価格(FIT)を12倍してみました。

(*)https://www.fit-portal.go.jp/PublicInfoSummary

① から③の総額を石油換算消費量で割り返してみました。分かりやすいようにL単位にしました。下記のグラフです。

石油換算1L当りの値段(円/L)

再生可能エネルギーには税金というコストを考えるのが原理原則です。
このコストは高すぎです。今後、太陽光は買取制度が事実上無くなります。コストを劇的に下げる画期的な技術革新とマネジメントが不可欠です。

日本の石炭火力のエネルギー効率

ちなみにCO2では最大の悪者にされる石炭ですが、「カロリー」、「安定供給」、「コスト」でもっともパフォーマンスが高いというジレンマがあります。
少しふれておきますが、日本の石炭火力発電のエネルギー効率は世界で屈指です。70年代に公害問題にさらされて以来、技術革新を進めてきた結果です。エネルギー効率とは投入したエネルギー総量をカロリー換算して、どれだけの割合でエネルギーカロリー(発電量)になったかを表します。
上記のグラフは石炭火力を行うJパワー(電源開発)のもので、当事者ですから情報に若干のバイアスがあるかもしれませんが、中国やアメリカに比べて明らかに高効率にあります。

前回メールした時に、「日本環境問題」ではなく「地球環境問題」と書いたと思います。
日本の石炭火力技術を中国、アメリカに輸出できれば、CO2大国の両国で20%前後の削減が可能です。
その分、日本は「カーボンクレジット」(CO2削減実績)を貰えるので一挙両得です。
私は石炭業界に全く関りはありませんが、石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)、ガスタービン燃料電池複合発(GTFC)といった新技術が実用化間近です。上記のグラフの目盛り頂点は50%ですが、両技術では60%前後のエネルギー効率となります。
環境省の石炭火力新設停止は、地球環境問題の視点に欠けると思います。

4・管理保管が容易

石油、石炭、天然ガスは、大規模な保管設備を要します。
危険物なので設備の保安義務が要求されます。また、特定資格を持つ従業員が多数必要になります。
ただ消費者レベルに落とし込むと、天然ガス=都市ガスの場合、ガス栓にイタズラでもしない限り問題はありません。またガス会社が定期的に検針と点検を行います。
石油ではガソリンスタンドでタバコでも吸わない限り爆発しません。灯油のようにポリタンクで軒先に置いておけるものもあります。
再生エネルギーで太陽光は設置するだけで手間はかかりません。ただし発電して電力会社の電線に送電するだけなので、蓄電能力に欠けます。水力発電は設置コストやメンテナンスの手間が大きくなりますが、石油、石炭、ガスに比べて管理が容易と思います。

5・安全性

石油、石炭、天然ガスは安全ではありません。
ただし、上記のように保安管理義務が厳しく、誰でも供給者になれるわけではありません。歴史的にも安全のマネジメントが蓄積されているのも事実です。
水力は爆発物ではないので、ダムに亀裂でも起きないかぎり安全です。
太陽光は今のところまったく安全です。

6・環境

これはおおざっぱな知識ですが
石炭の炭素分100以上、石油3~30、天然ガス1といったところです。燃焼して酸素O2と結びついてCO2になります。天然ガスがきわめてクリーンといわれる由縁です。石炭も石油(原油)も算出場所により様々な成分構成になっており化学式で表せません。ただし石油からできるプロパンガスがC3H8,天然ガスはCH4です。
水力と太陽光はCO2を発生しないとしましょう。

 

総合評価

私なりに評価してみました。
原子力は難しいし、ほとんど稼働していないので説明もしませんがアバウトで評価しました。
どうみるかは人によるでしょう。
ただし、エネルギーを考える時には総合的なパフォーマンス(日本人の生活を充足する)という視点は不可欠です。日本だけが特別地球環境に反する動きをしているわけではありません。エネルギー小国でありながら、かなり厳しい環境基準の足かせがあります。
石炭火力の燃焼技術革新のように、CO2だけで排除の論理を語るよりも、石油、石炭、天然ガスを「賢く使う」という視点は欠かせません。

最後にCO2について

これも原理原則の話ですが、「CO2」を十把一絡げに悪の権化と考えるのはいかがなものでしょうか。
ウィキペディアの引用ですが、身近な用途だけを取り出してもこれだけあります。

炭酸飲料や入浴剤、消火剤などの発泡用ガスとして用いられている。
冷却用ドライアイスとして広く用いられている。
自転車の緊急補充用エアーとしても使われるようになった。
超臨界状態の二酸化炭素はカフェインの抽出溶媒として、コーヒーのデカフェなどに利用されている。
げっ歯類や小動物などの動物を殺処分する方法にも使われる。通常は麻酔状態になった後意識を喪失し、窒息死に至るため安楽死の手段として使われる。二酸化炭素単独では低コストだが、酸素に対するヘモグロビンの親和性が高いため、15分以上かかることもあり、苦しみ続ける場合もある。
ドライアイスは昇華時に白煙を生じることから、舞台やパレードでの演出などでも用いられる。これを放送業界などでは俗に『炭ガス』と呼ぶ。この白煙は二酸化炭素そのものではなく、雰囲気の温度低下に伴い空気中の水分が氷結して見えるものである。
https://ja.wikipedia.org/?curid=6958

CO2を利用した技術革新の話もあります。
資源エネ庁:CO2を“化学品”に変える脱炭素化技術「人工光合成」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/jinkoukougousei.html

東芝:CO2を有用な化学原料に変える技術、従来比450倍の変換速度を実現https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1903/29/news055.html

これらは勝谷さんのオーラチオキトリムよりは現実的な技術です。
CO2は非常に重要な化学基材であることも認識して、これも賢く使えばよいと考えています。

最後に釈迦に説法ですが、山林について書きます。
先に木材の燃料についてふれました。CO2を考える時に、世間が無関心なのが山林です。
植物は炭酸同化作用でCO2を吸収して、植物内で光合成という化学変化を起こして様々な成分を生成します。最後に残った酸素O2を吐き出します。森林浴は酸素の効能によります。
強力なCO2吸収源である山林に対して、保護管理する観点が希薄です。国内材が使われない、薪や炭を使えないことで価値が下がり、山主が管理をおざなりにしています。
これは「治水防災」と「環境」の両面で大きな問題です。

  1. 山林は最初苗木を植林します。
  2. 7年ほどで繁ったら3分の1ほどを間伐(伐採)します。
  3. 同時に雑木や雑草を下刈りします。
  4. さらに7年ほどで再び間伐と下刈りを行います。

これを繰り返しながら、50年ほどで立派な杉や檜になって出荷できます。
このプロセスが非常に重要なのです。
間伐によって空間が広がり、残った木々は豊富な空気(CO2)と太陽光を浴びます。成長とともに根が縦横に伸びていきます。大きな木ほど根が広く深く広がります。
山というのは水分を含んだ岩と土のスポンジのようなものです。根がしっかりと張ることで、水分を強力に汲み上げるポンプ機能を果たします。そして根がスポンジを強固にグリップします。
山林がきちんと育てば育つほどに、治水とCO2吸収の機能も強まります。
最近の土砂崩れを報道で見ていると、山林が管理されない雑木林ばかりです。雑木林は根が浅いので吸水機能もグリップ機能も弱いので、集中豪雨があれば簡単に崩れてしまいます。
税金で成立する太陽光や風車など机上の環境論よりも、日本は山林という実に強力なCO2吸収機能を持っていることを再認識すべきです。