2018年5月6日号。<私はそのときも、そこにいた。いようとした。カンボジアでの高田晴行警視の殉職から25年。心からご冥福を祈る>。

  • <PKO殉職から25年で慰霊/カンボジア派遣の高田警視>
  • <ハワイ島のキラウエア火山噴火、M6.9地震>

 

 3時半起床。
 やれやれ、やっと連休も終わりか。ニュースは「どこで何十キロ並んでいる」ということばり報じている。実家にいたころ「ひとびとと同じ方向にはいかない」家風であったので、こういう時にはまったく外に出なかった。家にいるのがいちばんの贅沢なのだ、と両親は言っていたが、かかる時こそ町医者が地域医療を支えなくてはという矜持が、亡父にはあったように、今となっては思われる。母もおそらく、そういう父の志をよくわかっていたのだろう。

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