2016年12月17日号。<わが故郷のひとつよ。マニラより>。

  • 日記
  • <米/南シナ海で中国軍に無人潜水機奪われる/中国政府に抗議>
  • <プーチン氏、日本酒に関心「銘柄は?」>

2時起床。マニラ。
この部屋が好きだ。その時によってお気に入りの階はとれないことがあるがそれでも眺めが似たところをリクエストする。もう古い古い常連客である私のわがままは、たいてい聞いてもらえる。それが世界屈指のホテルであるここのいいところだ。「えこひいき」なのである。フロントでは「お帰りなさい」と言ってくれる。そんなちょっとしたことが、スノッブな客には嬉しい。
マニラホテルの窓から港を見ている。夜明けまで時間があるどころか、マビニやデルピラールではまだ多くの旅行者がおね?ちゃんと呑んだくれているであろう。船が、とまっている。右舷と左舷に決められた航海灯をつけていて、ただそれを眺めているだけで私は幸せなのである。昨日の末尾に書いたので「そうだ、フィリピン、行こう」となった。

いや、なに、ちょっとカッコをつけてみただけで、年内には行こうかと手配はしていたのだが「明日乗れますか?」どなったのだ。ビジネスクラスだとこの無理がきく。ディスカウントチケットだと東京から大阪までの新幹線よりも安いので、こんなところでほぼ正規に近い料金は払う馬鹿はそうはいない。だが、無理がきく。
仕事が何もなくてヒマなのでどこかに行きたいなあと書いてきた。散歩に行くようにマニラに来てしまうのが良くない。もっとどか行けよ、だ。ところがフィリピン行きがえらく便利になってしまって、本当にサンダルはいて出かけてそのまま飛行機に乗るようなものなのだ。昔は便の出発時刻の不便さもあったが、前日に成田まで行った。空港ではない。成田の街で前泊するのだ。
もう身体にしみついている。意外と旨い鮨屋があって、そこで晩飯を食って、しょぼいビジネスホテルに泊まった。翌日に乗り込むフィリピンは時には弾も飛び交うところで、「これが最後の日本飯かも知れない」と考えて呑む自分に酔っていたものだ。
それが今は。昨日の私が車に乗ってお願いしたのが「浜松町のモノレールの駅」である。成田エクスプレスではないのである。そこから乗ってあっという間に羽田空港。なんとここからフィリピンに行けてしまう。2時間前にチェックインという、いつまで古い慣習をやっとるんや、を改めてくれると、国内線と同じ感覚なのだが。とはいえ待たされても乗り込むと「いらっしゃいませ」のCAが奇妙な既視感を感じさせる。毎週のように乗っている、羽田から伊丹の便かと感じる。
全日空なのだ。羽田から全日空に乗ったならそれはもう『カツヤマサヒコSHOW』の収録の気分になるでしょう。機材が抜群にいい。ビジネスだけなのかも知れないが、前の席の下に「棚」のようなものがあって、要するに脚を伸ばして乗せて下さい、である。それでフルフラットにするとベッドで寝ているようになる。
「いいね」と褒めるとCAが「最新の機材なんです」と。B787だ。これを投入して、羽田から9時35分に飛ぶというのは、ANAはフィリピンを今後の成長市場と見ているのだろうし、それは正しい。ニノイ・アキノ空港から車に乗るとよくわかる。そこら中で高層ビルの建築ラッシュだ。ところが、明らかに工事が止まって、クレーンや鉄筋が錆びているものが見当たる。
「工事、中止しているの?」と運転手に聞くと「そうなんですよ。カネが足りなくなったみたいで」。いやあ、フィリピンはこうでなくては。男女関係でも投資でも、勢いでやりはじめるものの、途中で破綻するのが、わが愛するフィリピン人気質なのである。
到着したのはこちらの時刻で13時半ごろだった。日本だとランチが終わってディーナ前に店を閉める時刻である。ときどきここで書いているが、私はこれが大嫌いで「ひとそれぞれの食べたい時があるんだからあけとけよ、この怠け者」といつも思う。振り返れば、それはマニラやバンコクに慣れていまっていたからだ。午後の休みどころか、こちらの人々はできれば24時間、店をあけようとする。日本人が勤勉などと言われたのは大昔の話であって、彼ら彼女らの方がずっと一生懸命に働いているのだ。日本国が抜かれて凋落するのは時間の問題であろう。
ホテルの部屋に荷物を置く。もちろんマニラホテルは顧客に対して「チェックインは何時からです」などと失礼なことは言わない。両替をして高額紙幣ばかりだったのでフロントで崩してもらう。その時に「ポーターとベルボーイにこれ一枚だとあげすぎだろ?」というと「その通りです、サー。甘やかさないで下さい」。こういう会話で、ああ、マニラに来たのだなと、嬉しくなる。こいうことを書くと上から目線だとか、植民地主義だとかどこぞで言う奴が必ずいるが、日本人も占領下ではそうだったし、今でもややその部分があるのだと指摘しておきたい。

まだ暮れ残る時刻に飯を食いに出た。マニラホテルの近くの盛り場というとエルミタなのだが、すっかりさびれてしまっている。マカティという新都心に店などはすべて移ってしまった。そこまで行くのは面倒くさいので、タクシーに「ロハスボリバードをテキトーに走ってみて」と頼む。こういう説明はどういうガイドブックよりも旅の物書きとして旨いと思うのだが(いつもの自画自賛)この道は、地方都市でいうとバイパスだ。バイパス沿いに車で入ることができる郊外型のレストランが林立しているでしょう。
マニラでも事情は同じ。ほどなく「アリストクラート」が目に入る。
http://www.aristocrat.com.ph/
日本で言うとロイヤルホストみたいなものかな。「あっ、ここでいいや」と。若かった私はマニラの「通」が行く店を訪ねて歩いたものだが、今は飯と酒があればいい、と書いていて思った「ロイヤルホスト」ではなく「大戸屋」かも(笑)。あっ、やっぱりロイホかな。ロイホって洋食が基本のようであって、和定食とかがあるでしょう。アリストクラートも欧風なメニューが中心で、だからフィリピンの人たちはちょっとおしゃれをして行ったりするのだが、現地の料理もちゃんとあるのだ。
サンミゲルでまず喉を潤す。本当はワインなどいきたいところだが、この国は酒といえばビールのサンミゲルしか、ほぼない。ときどき私はこれは政策的なことではないかと思う。この酒好きの陽気な人々に、もっと強い酒を普及させると、さまざまなトラブルが起きるであろう。
肴はフレッシュルンピアにした。ルンピアとは東南アジアでよく食べる春巻きのことだが、フィリピンでは揚げずに卵を使ったクレープのような生地で巻いて食する場合がある。中は芋などを千切りにしたものに生野菜かな。食感がまことに良い。片手で持って齧りながら、もう片手でサンミゲルを呑めるのもなかなかいい。
ビールの軽い酔いを鼻先に乗せて、自転車にサイドカーがついたものに乗る。酔った時はこれがよろしい。ホテルまでこがせるのはやや酷なので、マビニあたりでおろしてもらいバアに入る。ここではなぜか私はジントニックと決めている。もう30年も同じことをしているが、マビニも30年間、あまりかわっていない。いや、正確には、馴染みのバーテンダーやボーイが何人も亡くなった。「あれ?いないの?」というと、従業員が十字を切って「サンタマリア」という。死んだ、ということだ。
よその国に行くと、平均寿命が恐ろしいほど短いことに気づく。90歳が当たり前の日本人は世界の驚異なのである。私はそれを知っているので、ときどき書くように「まだ生きていていいんですか」と考える。ロシア人がウォッカ呑みすぎて50代で亡くなるのはなんとなくわかるが、こんなに過ごしやすいフィリピンでもなあ、と。医療体制の整備の問題だとは思うが。日本国の国民皆保険と、優秀な医師たちの存在は、人類の奇跡といってもいいのではないか。ノーベル医学生理学賞はこのシステムそのものに対して与えられていいと私は考える。

マニラから目と鼻の先の出来事である。こういうとき、現場にいるのはいいなあ。
<米/南シナ海で中国軍に無人潜水機奪われる/中国政府に抗議>
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161217/k10010810301000.html
<アメリカ国防総省によりますと、南シナ海のフィリピン・ルソン島の北西およそ90キロの海上で15日、アメリカ海軍の海洋調査船「ボウディッチ」が調査に使っていた無人の潜水機を回収しようとしたところ、接近してきた中国軍の艦艇に先にこの潜水機を引き揚げられ、奪われたということです。潜水機は、海底の地形や海水の温度と塩分濃度といった潜水艦の活動などに必要な軍事用のデータを集めていましたが、国防総省は、機密情報は含まれていないとしています。>
支那は狂ったとしかいいようがない。アメリカがよく我慢しているものだ。昔ならば間違いなく戦争である。なぜ我慢しているかといえば、出撃するなら第7艦隊なのだが、その本拠地は日本国である。出撃するだけで朝日新聞などの日本の左巻きがわあわあ言うことは見えている。皮肉なことに、支那にとって有利な抑止力に日本がなっているのだ。左巻きを日本国内で育てて来たかいがあるでしょう。情報戦とはそういうことなのだ。
<国防総省は、機密情報は含まれていないとしています。>というのは、ただの強がりである。現場の幹部将校は今後、もう昇進はないだろう。無人機が何の情報を持っていたかは問題ではない。無人機そのものが、情報のかたまりなのである。支那はそこからさまざまなテクノロジーを盗むだろう。それを真似するのは支那人のもっとも得意とするところである。

いやあ、なかなか知恵者がいると思われる。「獺酒」ではなく「東洋美人」と来たか。ちなみに昨日の記述に対しては桜井博志蔵元から嬉しいメールを頂戴した。「獺酒」は言ってみれば瀬戸内側のやや内陸である。「東洋美人」は日本海側だ。山口という「論を好む」土地において、両方のバランスをとったということに私はニヤリとした。
<プーチン氏、日本酒に関心「銘柄は?」/「獺祭」ではなく「東洋美人」>
http://www.sanspo.com/geino/news/20161216/sot16121612200008-n1.html
ロシアのプーチン大統領は15日の安倍晋三首相との夕食会を兼ねた会談で、山口県の地酒「東洋美人」を気に入り、「何という酒か」と銘柄を尋ねた。会談場所となった山口県長門市の温泉旅館「大谷山荘」の関係者が16日、明らかにした。>
私は昔、全都道府県の酒蔵を訪ねるという苦行というか巡礼をしたのだが、その中でもっとも苦労したのが「東洋美人」だった。以前も書いたが、列車が途中でなくなって、思わぬ街の駅前旅館のようなところに泊まった。レンタカーを使うのがいいのは知っているが、酒蔵で酒を利くのと運転とは両立しないという究極の問題があるのだ。見事な酒です。長州は「獺酒」と「東洋美人」の双方を持っているわけだ。
<株式会社澄川酒造場>
http://y-shuzo.com/hp/sumikawa.html
このコピーにはいつも痺れる。1行書いて何万もとっている、東京の湾岸あたりにいる腐れコピーライターに爪の垢を煎じて呑ませてやりたい。
<山口:萩の「米」「水」「人」「時間」が詰まった最高のシンフォニーを存分にご堪能下さい。
「東洋美人」は「稲をくぐり抜けた水」でありたいと常々思っています。>
「稲をくぐり抜けた水」。その水も人々によって護られてきたのだ。ロシア語に訳して、プーチンさんに読ませたい。