おはようございます。ヨロンです。
長野県ではさすがに寒く、今朝はストーブなしではなかなかキツくなっています。今日も天気は良いので、車のフロントガラスが濡れて光っていますが、これが日が差していても霜がついていると、本格的な冬となります。
昨日は勝谷さんから電話がありました。入院したことを伝えてほしいということでした。入院といっても急に悪化したわけではありません。実家では三食出してもらっているのに、食べる気がなく食事の前に部屋に行ってしまうこともあるため、膨れた腹がなかなか戻らず、断酒できているといっても改善できていないところもあるので、次の慶応病院の診察まで入院して診てもらおうということのようです。
勝谷「今日から入院したよ。点滴3本刺して大変だよ」
ヨロン「そうか。大丈夫?」
勝「確認したいんだけど、明日から書けば良いよね」
ヨ「体調次第だけど、無理のないように書けば良いよ」
勝「パソコン一式持ってきているから書けるよ。ただ、配信の仕方を忘れちゃったので、ヨロンさんにメール送るからそれを号外で出してよ。東京に戻ったら出し方を確認させて」
ということでした。勝谷さんからメールが送られてきたら、内容によって号外か明日の通常配信でお送りします。
ニュースピックアップは、明日から出していきますが、ちょっと出尽くした感のある以下のニュースについて思うところがあります。
【ハロウィーン2018】先週末は軽トラ横転や痴漢で逮捕者も…本番前に渋谷区長らがマナー訴え
https://www.asahi.com/articles/DA3S13744953.html
< ハロウィーン直前の週末になった27日深夜から28日未明にかけて、東京・渋谷では仮装した人たちが集まり、軽トラックが横転させられるなどトラブルが相次いだ。警視庁は5人を暴行や盗撮などの疑いで逮捕。31日のハロウィーン本番まで警戒を続けるという。>
勝谷さんからしたら、そもそもハロウィーン自体を認めないでしょうね。『毛唐鼠園』を思い出します。
ハロウィーンを、バレンタインデーとかクリスマスとか、欧米発祥で日本独自に進化(退化?)させたイベントだと割り切ってしまえば良いように思いますが、繰り返し流される軽トラを横転させる動画は、見ていて不快になります。外国人らしき人が横転させる若者を止めようとしていたり、車を戻そうとしているところを見ると、ますます気が重くなりますが、相変わらずのよくわからない人権擁護基準で、車の上に乗って踊り狂っている若者の顔をボカすのはどうかと思います。
あの若者たちは鬱屈したものを抱えているのだとか、規制を強化すればいいとか、そもそも渋谷駅前で仮想させるべきではないとか、いろいろなコメントが出ていますが、私はハロウィーン期間だけ渋谷の駅近辺の防犯カメラ映像を、リアルタイムでネット公開すればいいと思います。
数十台から数百台あるカメラのすべてではなくとも、スクランブル交差点から道玄坂やセンター街の主要な場所を映しているカメラの映像を期間限定で公開する。公開映像はマトリックスか地図上から選択できるようにして、渋谷区もしくは警察のウェブサイトから見られるようにします。ハロウィーン後は一定期間掲載しておく。さらに、AIで顔認証できるようにしておくと、来年くらいには、犯罪が起こった際も犯人特定を迅速に行えるようになるでしょう。円山町まで公開すると、別の意味でいろいろマズい人もいそうですが。
肖像権とか人権的な問題で実現は難しいと思いますが、渋谷のスクランブル交差点なんて、毎日モーニングショーなどで映しているわけですし、あれが4K映像であれば、顔の特定も簡単にできるでしょう。それはできて、ハロウィーンはできないというのはおかしい。特に犯罪防止の抑止力になるのであれば、むしろやるべきだと思うのですが。
昨日のプロフィール公開に関していろいろな意見をいただきした。概ね好意的に見ていただいたようでホッとしています。5000字を超えてしまったので、あとから削ろうかと思いましたが、時間も迫っていたので、特に直しも入れずにお送りしました。
『勝谷誠彦のxxな日々。』は、1999年に『さるさる日記』からスタートしました。当時は一回の投稿が1000字という制約がありました。
順調に読者も伸びていて、ランキング1位の常連となっていました。2006年に彗星のごとく現れた「きっこ」は、「実は勝谷ではないか」とも言われました。
そのころから、勝谷さんの注目度も飛躍的に上がって行くのと同時に、その過激な表現から、脅迫めいた反応が来るようになりました。特に芸能人やボクシング選手などの熱狂的なファンが、攻撃的なメールを送ってくるようになったのです。
過激で罵倒するだけのメールを送ってくるような匿名の連中は、道ですれ違ったヤツが急に殴りかかってくるようなものだ、と思った勝谷さんは、表現を変えずに続けるには有料化して登録した人のみが読めるようにしたらどうかと考えます。
勝谷さんは、当時有料メルマガで成功していた日垣隆さんをお手本にして、有料配信メールを始めようといくつか相談してみたものの、「できない」と断られます。できないのは、技術的にというか運営的にということもあったのかもしれません。
『まぐまぐ』か『メルマ』か忘れましたが、有料メルマガをやっているサービスもあありました。しかし、筆者に入るのは6割程度だったことや、基本的には自分の思い通りの配信を行いたいということから、なんとか自製したいと思っていた勝谷さんは、私に相談してきました。
勝谷「さるさるを有料メールで配信したいんだけど、できる?」
高橋「出来ると思うよ」
勝「じゃあ、やってよ」
という簡単なやり取りでした。
私は特に内容を吟味したわけではなかったのですが、「その程度のことはできるだろう」という安易な判断で始めることになりました。
そして1ヶ月ほどの準備期間を経て、公式サイトをオープンさせ、2007年元旦に、完全内製でこのメール配信がスタートしました。その後、システム的には2回大きくリニューアルしましたが、その他は随時手直しを続けています。
勝谷さんが「メルマガ」ではなく「有料配信メール」にこだわるのは、「私信」の形にしたかったという理由が最も大きいのです。マガジンだと書く内容が公のものとなり、批判された人が訴えてくる恐れもあるため、完全に自由に書くということが難しい。しかし「私信」であれば、個人が特定個人に発信するメールという形式なので、制約は受けない。という理屈です。
そうは言っても、その過激というか汚い表現で、メールサーバーが迷惑メールと判断し、止めてしまうことがしばしば起きます。特に、docomoはメルマガ形式のヘッダを基本的に通さず、Gmailでも最初は迷惑メールに振り分けられます。AOLとかApple系のサーバーも止めてしまうことが多く、そのたびに対応に追われています。最近ではトーラさんの連載は、途中で止められてしまうことが多いようです。
考えてみたら、この有料配信メールが始まって10年以上経ってしまいました。10年目に何か大きなイベントでもやればよかったかと思いますが、ここ数年は勝谷さんが鬱になったり知事選に出たりと目まぐるしかったことや、私が『ザ選挙』というデータベースサイトを運営していたこともあり、そのような余裕はありませんでした。今からでも遅くはないかな。
『勝谷誠彦のxxな日々。』メール版が始まってから、私自身にもいろいろなことがありました。
2009年9月には、株式会社VoiceJapanを設立し、Web関連を世論社から全部移します。これは、勝谷さんが小沢一郎議員の後援会から頼まれて講演を行った際、謝礼を受け取りネット上でバッシングが起きたことがひとつのきっかけとなりました。
小沢さんは政治資金に関しては非常にクリアにしていたため、勝谷さんが講演を行った際も、しっかりと謝礼を払って収支報告書に載せました。それがネット上で公開されて「勝谷は小沢からカネを貰ったから民主党を応援している」と批判されたのです。
もちろん、そんなことはなく、いくつも行っていた講演会と同じように講演し、相場の謝礼を受け取って法に則って計上したわけで、むしろ褒められるべきところを、表面的にしか見ていない「アンチ勝谷」が攻撃してきました。さらにこの有料メール配信が始まると、それがヒートアップしてきました。
ネットで「世論社」を検索すると、「勝谷が小沢や右翼から巻き上げたカネを高橋が左翼に流している」という2ちゃんねるのスレッドが検索結果に出てくるようになったのです。もちろん、まるっきりのデタラメです。
これに対していろいろと対策は考えましたが、もともとパブリッシング関連とWeb関連を分けようと考えていたので、いい機会だとVoiceJapanを立ち上げました。
■選挙ドットコム
2011年3月。私は2006年の立ち上げ時にデータベース設計に関わり、その後運営元の日本インターネット新聞社の経営悪化で止まっていた『ザ・選挙』を竹内謙社長(故人)から譲り受け、『ザ選挙』としてリニューアルオープンさせました。
『ザ選挙』は、日本で行われるすべての選挙20~30年ほどのデータベースで、衆院選と参院選に至っては第1回目からの結果が掲載されています。2015年に選挙ドットコムにすべてを移譲し、現在私は選挙ドットコム社の顧問となっています。
選挙ドットコム
https://go2senkyo.com/
最後に、昨日書き忘れたローランドでのエピソードをひとつご紹介しておきます(若干自慢話になります)。
ローランドでは、「世界初」にこだわりました。楽器の世界はCPUをより高速にしたとかメモリを沢山積んだということはあまり重要ではなく、「個性ある音を出せるかどうか」が選ばれる最大の基準となるのです。つまり「世界にひとつだけの音」が作れるかどうか(笑)
そのため、世界初にこだわりました。私が開発した『MS-1』は、おそらく世界で始めてフラッシュメモリー(当時は512KB)にリアルタイム(さらにマルチトラック)で録音再生させる民生機だったはずです。開発にいっぱいっぱいで特許を出し忘れてしまったことを後悔しています。外部メモリーカード(PCMCIA)にリアルタイムで録音再生させる技術も世界初でした。
その後、携帯音楽プレイヤーが登場し、iPodの誕生に繋がります。
『MS-1』のあとに開発した『SP-808EX』では、世界初のDSPによるアナログシンセシミュレーションを行い、Zipディスクへのマルチトラック録音再生も行いました。その後の『CDX-1』では、世界初のCD-Rへのマルチトラック録音を行う機種でしたが、私は製品開発リーダーでありながら、長野県知事選挙に没頭していたわけです。ここだけの話ですが。
今でも、何か世界初のことをやりたいという意欲はあります。2002年にアイランドボイスで開発した『ネット参謀』は、日本初と謳いましたが、おそらく世界で始めて「テキストを入力するだけでホームページを作成できるシステム」だったと思っています。日本にブログが入ってきてブレイクする直前でした。
そう考えると、この『勝谷誠彦のxxな日々。』は、20年近くに渡って休み無しで更新されているWeb日記としては世界唯一と言えるかもしれません。厳密には8月21日まででしたが。途切れさせたくないと思うのも、そんな意地があるのかもしれません。
それでは、明日からどうぞよろしくお願いいたします。勝谷さんの号外ははたしてあるかどうか。